
上は、私が10代の頃に夢中になった吉田拓郎さんのデビュー曲「イメージの詩」が収められた、1970年発売アルバムレコードのジャケット。その歌詞の一節、「古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう」が、アルバムのタイトルになっています(残念ながらオフィシャルの「イメージの詩」音源はYouTube上に見つけられませんでしたので、いちばん下に浜田省吾さんによるカバーを埋め込みます)。
「あれ?このフレーズ、どっかで覚えがあるぞ」
と思われた方は、感覚が鋭い!そう、TOKIOのヒット曲、中島みゆきさん作詞作曲の「宙船」は、この曲へのオマージュです。
「その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな」
みゆきさんは吉田拓郎の大ファンでした。
さて、アルバム「古い船をいま・・・」は、吉田拓郎さんのアルバムという訳ではなく、上智大学で安保闘争を行っていた学生運動のグループが、運動の盛り上げと資金稼ぎを目的としてエレックレコードのディレクターに企画を持ち掛け制作したコンセプトアルバム。当時はフォークといえば「東京か関西か」という時代でしたが、広島のサークルである「広島フォーク村」も注目され始めており、上智の学生グループメンバーに広島皆実高校(拓郎さんの母校)の卒業生がいたことから、「彼らでいこう」ということになりました。
しかしいっぽう、「広島フォーク村」には、政治色はありませんでした。収められている9曲(拓郎さんの曲は2曲だけ。歌唱は「イメージの詩」のみ)はいずれも、若者の反骨精神が表現されているとはいえ、直接的に政治的なものはありません。そこで制作側がどのように「闘争のコンセプトアルバム」に仕上げたかというと、曲と曲の間に短く、録音されていた学生集会の喧騒を挟み込んだ。
私がこのアルバムに出会ったのは、1980年代に入ってから。当時はまだ中学生でしたが、拓郎さんの曲が収められている音源はとにかく全部聴きたかったので、確か貸レコード屋で借りて来て自宅のステレオでかけたと記憶します。
1曲目が拓郎さんの「イメージの詩」。ワクワクしながら聴く。そして曲が終わった直後、何やら騒がしい集会の音が流れて来た。そして「ああイ〜ンターナショナ〜ル〜」という合唱が、妙に耳に残った。
「なんだろう?この歌。国際的って、どういうこと?この人たち、なにやってんの?」
それを知る由もありませんが、私の、「インターナショナル」という歌との出会いでした。
2曲目、「いろどられた世界」。これも好きだった。
「あなたのまわりはいろどられた世界さ なんでもそろっているよあなたのために
でも そんなことは おれにはどうでもいいのさ こんな世界は居心地が悪いのさ」
反抗期の中学生坊主には、丁度わかりやすい程度の反骨ソング。
そして、曲が終わるとまたザワザワと集会の音が流れてくる。今度は、「よ〜あ〜け(夜明け)は〜ちかいー」というフレーズの合唱。これが、岡林信康さんの「友よ」との出会いでした。
長くなり、すみません。あることを訴えたくて、これを書いています。
どなたに訴えたいかというと、リベラル・左派活動化の方々、労働組合の方々などへ。
私にとり「インターナショナル」や「友よ」は、思い出深い歌です。が、共産主義や労働運動や革命とはまったく無縁の理由によるもの。音楽や世の中のことに初めて興味を持ち始めた頃に、「これって何だろう?」と不思議に思った。それが、情報の乏しい片田舎に住む少年に開かれた、世界への窓だった。この歌を聴くと、当時を懐かしく思い出す。それ以上でも以下でもありません。
似た境遇の方々が、たくさんいると思います。「自分も学生集会に時々参加したのだけれど、政治思想についてそんなに深く理解していた訳ではなく、只々、みんなと語り合って、この歌を一緒に歌って、楽しかった。それは紛れもなく、自分の青春だ」というような方々。
つまり、訴えたい内容というのは、
「これらの歌を、あなたたちの思想や活動から、解放してあげてください」
ということ。
あなたたちの、歌や歌い手に対する強すぎるこだわりが、その後、それらの歌があまり歌われなくなったリ、歌手を苦しめたりといった不幸を招きました。それをとても残念に思うということを、お伝えしたいと思います。
あなたたち自身が、あなたたちの理想の社会を思い浮かべながら、これらの歌を歌うのは構いません。しかし、それを他人に押し付けないでくれたなら、「理想」や「思想」は共有できなくても、「思い」は共有できる・・・そのような人たちが、大勢いるはずです。
それは意味のないことでしょうか?

