鈴木宗男参議院議員の訪ロを前にした4月30日の東京大地塾のビデオ、最初から最後まで興味深く拝聴しました。個人的には、自分自身が商社側の立場で携わっていた、旧ソ連向け人道支援案件に関する一連の騒動についての部分が特に印象的でした。

32分17秒の「あの事件、何だったんでしょうね?先生」に、思う所がありました。

当時、ソ連が解体して旧ソ連の国々が経済的に困窮し、得に病院に予算が回らないことにより医薬品や医療用品の不足が人道的危機を招いたため、日本では外務省の外郭団体として「支援委員会」という組織が立ち上がり、随時入札を実施して主に医療分野の物資を旧ソ連諸国へ送っていました。

最初は、一件の入札が数百万円から大きくても数千万円の単位でした。私も、何度も受注させていただきました。ところが、次第に案件の質が異様な変化を見せ始めた。つまり、本来の目的であった「緊急性を要する人道支援物資の提供」から離れて、ハコものなどが入ってくるようになった。そして、金額が億円の単位に吊り上がっていった。それには、どことは言いませんが業界最大手の商社らが絡んでいました。

一件数億円という予算といえば、ODA無償資金協力と同格。通常、無償資金協力の案件は幾つもの段階と手続きを経て進められ、年単位の時間を要します。それが、人道支援案件だと数か月でポンと入札が出てくる。

「おかしいよ、これ。どうなってんだ?」
同僚と、そう話したのを覚えています。
そして、最初は小さな組織だった「支援委員会」が、次第に膨れた化け物のようになってゆく異様な気配を感じました。

そんな時、鈴木宗男議員や佐藤優氏を巻き込んだ一連の騒動が起きた。

あくまで副次的な効果ではありますが、あの事件がきっかけで、支援委員会の業務が指摘され、同組織は役割を終えたということになり、一部業務をJICAへ移管し解体となりました。両先生は大変な大嵐に巻き込まれ人柱にされてしまったような形でしたが、おかげ様で歪みが修正されたことは確かです。

いっぽうで、
「何事もなく支援委員会が拡張していたら、どうなっただろう?」
ふと、頭によぎりました。旧ソ連諸国だけでなく全世界を対象にした、日本版のプチUSAIDのようになっただろうか? それはそれで、良い面もあったかもしれない。外務省の中で、ロシアンスクールの人々が力を持つことができただろう。今は、ロシアの立場をよく理解した上で、何が国益かを、外務省の中で意見を通せる人の力が弱まっているように外からは見えます。中のことはわからないので、的を外しているかもしれませんが。