先日12月22日ライブより「カチューシャの原曲バージョンと日本の歌謡曲バージョンの違い」切り抜き動画をつくってみました。



4週に分けてやった中で、12月1日「消えた4番の謎」も重要だったと思います。カチューシャはじめ、日本で「ロシア民謡」として1950年代後半〜60年代に流行したロシア歌謡は、その多くが軍歌とも言えるもの。記憶に新しい生々しい歴史を、匂わせないように工夫されたのだろうと推察します。

戦争で激しく戦った敵国の軍歌を日本中の人々が楽しく歌っている状況は不思議なものですが、その火付け役となった、大陸から引き揚げて来た兵隊さんたちにも、様々な感情があったでしょう。

・ロシアへの心の底からの憎しみ、恨みを抱いた人々。
・戦争は辛かったが、ロシアの文化に触れ、共に歌い楽しかったひと時は、紛れもなく自分の青春であったと思う人々。

両方いらっしゃったと思います。そして、後者の人々が、全国の「ロシア民謡喫茶」で歌うようになった。流行をとらえたレコード会社が、ダークダックスやボニージャックス、加藤登紀子さんらを起用した。もちろん、共産主義者たちも大いに後押ししたことでしょうが、それがすべてではない。歌に魅力があったからこそ広く大人にも子供にも親しまれました。

「ロシアへの敵意」と「相互理解の精神」は、ロシア歌謡の流行により当時、半世紀に渡り政治・軍事的にはぶつかりあった隣国への日本人の国民感情において、上手くバランスを保ったと思います。

そして現在、2022年から24年にかけて、日本人の反露感情は再び最高潮に達しています。
「みなさん、間違っていますよ!」
と叫ぶことでは、状況は変わりません。

フォークソングの他には、文学も大きな役割を果たしたと思います。ですので、今から「ロシア関係でYouTube参入してみたいなぁ」と考えている方には、ぜひ、文学系がおススメです。ロシア文学を読み込んで「この作品はこのような物語だよ」と、わかりやすく解説してくれるチャンネルがあれば、きっと流行ると思います。これまでロシアに一切関係なかった人でも、誰でもできる。

文学のよいところは、より深く、想像させ思考させてくれるところでしょう。フォークソングのよいところは、大勢でワイワイ楽しめるところ。1960年代には「歌声喫茶」が流行し、ここからJ-POPの土台を築いたアーティストたちが排出されました。「歌声喫茶」と「ロシア民謡喫茶」がどの程度ハッキリ分かれていたのかは、私には実感としてわかりませんが、かなり重なっていたのではないか。歌声喫茶でもロシア歌謡が歌われ、ロシア民謡喫茶でも日本の古い歌も歌われていた。重要なポイントは「歌を聴いたり合唱して楽しむ喫茶店」という営業スタイルが成立したことで、弾き語りアーティストたちに活動の場が提供された。J-POP創世期におけるロシア歌謡の役割は大きいものでした。

そのうねりには、一方的な感情のエスカレーションを和らげる力がありました。

ダークダックス

(上:ダークダックス)