2月14日〜19日コメント欄、そして末尾にちょっとだけ自己紹介です。


>(ペロシのご冥福をお祈りいたします)先日、Jon F.ケネディージュニアのテレグラム投稿からということでペロシが「本日2時間前に○○ケイされました」という情報を偶然目にしました。今後は替え玉(影武者)が大活躍するでしょうということでしたが、本当にご活躍だなと痛感しています。
ご冥府をお祈りしていたのですが・・。

ペロシのご冥福をお祈りいたします さん、コメントありがとうございます。
現在のペロシは替え玉ですか!? だとすれば大変なことですね。彼女の役も替え玉が必要なほどに誰かの利益のために必要とされている、降りることができないという。どんな結末を迎えることやら・・・


>(ubow)赤いお薬が、入手困難になり
ゾンビの、ように老け込む
ペロシ。になるのはもうじきでは
>日本のゴミメディアも今後どんどんツジツマがあわなくなるでしょう。報道を捏造、誘導の自由
こんな屁理屈 そろそろ
嘘だと、全国の日本人に目覚めて欲しい。早く、世界緊急放送ないかな。

ubowさん、コメント・情報ありがとうございます。
赤い薬の話は初めて聞きました。若返り薬のようなものがあるのですかね
ツジツマがあわなくなるでしょうね。世界緊急放送があれば万歳ですが、なくてもそうなると思います。


>(佐藤早苗)たまたま偶然に、貴Hara Blogに到達しましたが、誠実、緻密な内容に驚いています。今は、YouTubeが全盛の様ですが、言葉の力より筆記の威力を固く信じている者です。これからも、私の現状把握の道標になって頂けることを期待しております。遠く、貴方の生き方に羨望の念を抱きながら..

佐藤早苗さん、コメントありがとうございます。
また、嬉しいお言葉に感謝です。文字の力を評価いただける方は、私のような口下手にはホントに宝です。ちなみに、まさかとは思いますが大学時代に同姓同名の先輩がありました。下で出身大学にも少し触れたいと思います。


>(mj)日本のメインメディアは、昔から印象操作やフェイク米国メインメディアの追随だらけなので、信用していませんが、バランス感覚が偏りすぎるのも怖いので、我慢して「タマ」に見るようにしていますが、我慢できずにチャンネルを変えるか、スイッチを切ってしまいます。。
TV、全国紙も殆どだめですね。。
特に最近は幻滅する事が多くなりましたが、ある意味では、これをきっかけにヘドロは沈んで行く様に思います。もう、事実報道、ジャーナリズムも期待しなくなっちゃいました。。😅

mjさん、コメントありがとうございます。
友人や先輩後輩がマスコミに結構居るのですがみな優秀でいい人たちなんですよね〜 根っから腐っているとは思いたくないのですが、会社としてはそうなっちゃってますね。どこに問題があるのですかね〜 不思議。溜息です。


>>(デコルテをスカーフで隠してないペロシは影武者)We go down together の意味をnative-born Americanが解説している記事がありましたので転載させていただきます。。
>If one of us gets in trouble, then we both get in trouble. Like, because you are in it together, doing whatever you are doing together. You're a team.
>It's like all for one and one for all.
“われわれは運命を共にする” ??

デコルテをスカーフで隠してないペロシは影武者 さん、探していただきありがとうございます!
「われわれは運命を共にする」納得です!
モヤモヤが解けました


>(プディング)もはや真っ逆さまの無法地帯。例えはしょぼいのですが、、
たとえば「このおみそ汁に入っているワカメすごくおいしいね」と言ったら、「おまえは三つ葉のことをワカメって言ったな!虚偽の発言をする者は生かしてはおけぬ!」と言われるような、、、、、
本当ならまともに向き合えない😎ばかばかしい珍事が起きているのに、真っ向から命狙われるというような・・・そんな感じ。
腹立たしいを通り超しあきれてため息しか出ない。真逆の世界。恐ろしい。まともな世界に戻りますように。

プディングさん、コメントありがとうございます。
トランプの味方をすると社会的制裁を受ける・・・まさか自由の国アメリカでこのような大変な時代が訪れるとは。しかし最後には民意が勝つと信じましょう!


以下、余談ですが、少しだけ自分のことを語ります。

1990年に、東京外国語大学のロシヤ語学科を卒業しました。ロシヤ民謡のサークルに上記コメントいただいた方と同姓同名の先輩がいたのですが、それはさておき。

ロシヤ語学科は共産主義者かといえば全く違って、当時はゴルバチョフのペレストロイカの時代で、これから冷戦が終わり明るい時代が来ることを予感させる熱気がありました。その中で生きてみたいと思った。

卒業後は、某商社に就職しました。50代半ば以上の方は記憶にあるかもしれませんが「9大商社」と言われた時代があり、そのいちばんビリのほうです。

1993年に、モスクワ内戦を経験しました。ロシア共和国が「大統領府と議会と、どちらが権力を掌握するのか」というくだらない争いでドンパチの市街戦となった。エリツィン大統領とハズブラートフ議長。ハズブラートフはチェチェン人。彼自身は学者肌の人だがチェチェンマフィアに担がれ、その役を演じざるを得なかった。大統領か議長かという単純な構図ではなく、背後にはそのような支持母体の抗争がありました。
また、議会にはルツコイという軍人出身の政治家がいて、正義感が強く軍には彼を支持する派もあった。彼の存在がなければ事はもっとシンプルだったかもしれない。あるいは彼の役割は必然で、誰かが必ず演じなけらばならないポジションだったのかもしれない。

モスクワのロシア国会議事堂の隣に「メジドゥナロードナヤ(インターナショナル)」というホテルがあり、その上層階に当時、日本商社の事務所がありました。
1993年の初冬のある日、突然その日がやって来た。国営テレビ局のテレビ塔、そして国会議事堂とメジドゥナロードナヤホテル(大統領府側の軍)の間で銃撃戦が始まったのです。日本商社の事務所にも銃弾が飛び込んできた。社員たちは身を伏せて階段を降り、避難しました。

国会議事堂に砲弾が撃ち込まれ、やがて銃撃戦は終焉に向かいました。国会議事堂は戦車で囲まれ補給がなかった。国会議事堂が制空権を失ってからは、あっという間でした。空挺部隊が降りて来て、ハズブラートフを拘束し車両に乗せ走り去った。至る所に、若い兵士たちが撃たれて倒れていました。

「オマエら、二人でやれ」
心の底から、怒りがこみ上げました。今にして思えば、当人もその運命を変えられない事情を背負っていたのかもしれない。でも若き日の自分の感性には、二人の権力者が闘争のために多くの若い命を犠牲にした側面が大きく残りました。それはずっと尾を引いた。

ここまで流血を避ける大国のリーダーを、初めて見ました。トランプ大統領。本物だと思います。世界には彼が必要です。それが私が彼を支持する理由のひとつです。

ロシア国会議事堂