雑談です。新しい情報はありません。予めご了承ください。
ポンペイオ前国務長官が頻繁にFOX Newsに登場していて、むしろ今の方がより親しみあ国務長官の雰囲気になっているのは喜ばしいことです。彼の話を聞く中で「この40〜50年」が対中政策を振り返る際に一つのTermになっているのを改めて意識しました。つまりニクソン訪中が大転換の起点になっている。さらに遡るとベトナム戦争。
話は飛びますが先日、フリン将軍のインタビューをご紹介しました。その中で、自身が数十年に渡り軍人として過ごし数年を戦場で過ごしたという話をされていた。国のためを信じた、多くの兵士たちの命が失われた。これからは血を流すのではなく、コミュニティー形成と選挙により国を再生するオプションを選択したいという強い意志を感じました。
さらに話は飛びます。今週、1月6日のトランプ大統領のスピーチを改めて繰り返し聴きました。「walk down to the capitol(国会議事堂へ向け歩こう)」でブツッと映像が切れて扇動の場面として使われている映像を繰り返し。
すみません。支離滅裂ですね。
ビリージョエルの「グッドナイト・サイゴン」というベトナム戦争を題材にした歌を時折グルグルと想い出していました・・・という話です。これが入っている「ナイロンカーテン」というアルバムは高校生の頃に擦り切れる程聴きました。ビリージョエルがバイク事故で入院した際に病室にかかっていたナイロンのカーテンを見てアルバムタイトルにしたという。それは、東西冷戦の世界秩序がぼんやりとし始めた頃・・・「鉄のカーテン」から時代が動き始めた時代の怪しさを連想させました。
結論。英語がお得意な方がいらっしゃいましたら、教えてください
当ブログで何年か前に「昔の洋楽の歌詞カードの日本語訳って、結構やっつけでいい加減でしたよね」という視点で、改めて私なりに翻訳してみるという企画をやっていました。この「グッドナイト・サイゴン」を訳す際に問題提起したのが、サビの歌詞。「we would all go down together」と男たちが合唱する部分。既存の訳は「我々はみな一緒に倒れるのだ(死んでしまうのだ)」となっている。今でもたぶん、CDを買うと歌詞カードはそうなっているはずです。
「go down」は「倒れる」ではなく「下ってゆく=引き上げる」ではなかろうか?
つまり兵士たちは「生きて一緒に国に帰ろうぜ」と合唱しているのではないか?
上記トランプ大統領の「walk down to 〜」も意味合いとしてはそうです。
あるいは、両方かけているのか?
グッドナイト・サイゴンの曲とビデオクリップは映画の名作に匹敵する名作として後世に残されるべきと個人的には思うのですが、その日本語訳が間違って出回っているとすれば由々しき問題。
いま丁度、英語が堪能な方々も当ブログを読んでくださっているようなので、この機会に40年来のモヤモヤを解消出来たら嬉しいと思いました。どうでもよい投稿で、重ねてすみません。
ビデオクリップと日本語訳を以下に掲載します。「go down」は私の意見と従来の訳を並べて(カッコ書きで)表示します。
Goodnight Saigon (Billy Joel)
We met as soul mates
On parris island
We left as inmates
From an asylum
And we were sharp
As sharp as knives
And we were so gung ho
To lay down our lives
収容所のようなパリス島の海兵隊新兵訓練所で
俺たちは魂の友として出会った
出所する囚人のようにそこを出た
俺たちはギラギラしていた
ナイフのように鋭かった
身を投げうつ狂気に溢れていた
We came in spastic
Like tameless horses
We left in plastic
As numbered corpses
And we learned fast
To travel light
Our arms were heavy
But our bellies were tight
俺たちは飼いならされない馬のように
震えながらやって来て
ビニール袋入りの
番号札つきの死体として去って行った
軽装で移動することを素早く学び
腕は重かったが
腹は満たされていた
We had no home front
We had no soft soap
They sent us Playboy
They gave us Bob Hope
We dug in deep
And shot on sight
And prayed to Jesus Christ
With all of our might
後方からの援護はなく
柔らかな石鹸もなかった
国は我々にプレイボーイ(雑誌)を送り
ボブ・ホープ(コメディアン)を慰問によこした
俺たちは塹壕を深く掘り
目に見えるものを撃った
そして神に必死の思いで祈った
We had no cameras
To shoot the landscape
We passed the hash pipe
And played our Doors tapes
And it was dark
So dark at night
And we held on to each other
Like brother to brother
We promised our mothers we’d write
And we would all go down together
We said we’d all go down together
Yes we would all go down together
風景を撮るカメラはなく
ハッシュパイプを回して吸いながら
ドアーズ(ロックバンド)のテープをかけた
そこは暗かった
夜は本当に暗かった
俺たちは兄弟がそうするように無事を確かめ合い
何かあったら互いの母さんに手紙を書くと約束した
そして一緒に帰ろうと誓った (俺たちは倒れてしまうんだ)
みんなで帰ろうぜと声を合わせた (みんな死んでしまうだろう)
そう俺たち一緒に帰るんだと (誰も助からないのだ)
Remember charlie
Remember baker
They left their childhood
On every acre
And who was wrong?
And who was right?
It didn’t matter in the thick of the fight
チャーリーのことを覚えている
ベーカーのことも思い出す
みな子供の時の自分は
故郷に置いて来ていた
誰が間違っていて
誰が正しいかなんて
激しい戦闘の中じゃそんなこと関係ないんだ
We held the day
In the palm
Of our hand
They ruled the night
And the night
Seemed to last as long as
Six weeks on parris island
We held the coastline
They held the highlands
And they were sharp
As sharp as knives
They heard the hum of our motors
They counted the rotors
And waited for us to arrive
And we would all go down together
We said we’d all go down together
Yes we would all go down together
俺たちは日中の戦闘を
手中に収めた
奴らは夜を支配した
そしてその夜は
まるでパリス島の訓練所での6週間分に感じられた
俺たちは海岸線に陣取った
奴らは高地で構えていた
奴らは鋭敏だった
ナイフのように鋭かった
奴らは俺たちのエンジン音を聴いていた
プロペラの数を数えていた
そして俺たちを待ち伏せしていたんだ
俺たちは一緒に帰ろうと誓い合っていた (最後の時が近づいていた)
みんなで帰ろうぜと声を合わせていた (共に死にゆくのだった)
そう俺たち一緒に帰るんだと (誰も助からないのだ)
ポンペイオ前国務長官が頻繁にFOX Newsに登場していて、むしろ今の方がより親しみあ国務長官の雰囲気になっているのは喜ばしいことです。彼の話を聞く中で「この40〜50年」が対中政策を振り返る際に一つのTermになっているのを改めて意識しました。つまりニクソン訪中が大転換の起点になっている。さらに遡るとベトナム戦争。
話は飛びますが先日、フリン将軍のインタビューをご紹介しました。その中で、自身が数十年に渡り軍人として過ごし数年を戦場で過ごしたという話をされていた。国のためを信じた、多くの兵士たちの命が失われた。これからは血を流すのではなく、コミュニティー形成と選挙により国を再生するオプションを選択したいという強い意志を感じました。
さらに話は飛びます。今週、1月6日のトランプ大統領のスピーチを改めて繰り返し聴きました。「walk down to the capitol(国会議事堂へ向け歩こう)」でブツッと映像が切れて扇動の場面として使われている映像を繰り返し。
すみません。支離滅裂ですね。
ビリージョエルの「グッドナイト・サイゴン」というベトナム戦争を題材にした歌を時折グルグルと想い出していました・・・という話です。これが入っている「ナイロンカーテン」というアルバムは高校生の頃に擦り切れる程聴きました。ビリージョエルがバイク事故で入院した際に病室にかかっていたナイロンのカーテンを見てアルバムタイトルにしたという。それは、東西冷戦の世界秩序がぼんやりとし始めた頃・・・「鉄のカーテン」から時代が動き始めた時代の怪しさを連想させました。
結論。英語がお得意な方がいらっしゃいましたら、教えてください

当ブログで何年か前に「昔の洋楽の歌詞カードの日本語訳って、結構やっつけでいい加減でしたよね」という視点で、改めて私なりに翻訳してみるという企画をやっていました。この「グッドナイト・サイゴン」を訳す際に問題提起したのが、サビの歌詞。「we would all go down together」と男たちが合唱する部分。既存の訳は「我々はみな一緒に倒れるのだ(死んでしまうのだ)」となっている。今でもたぶん、CDを買うと歌詞カードはそうなっているはずです。
「go down」は「倒れる」ではなく「下ってゆく=引き上げる」ではなかろうか?
つまり兵士たちは「生きて一緒に国に帰ろうぜ」と合唱しているのではないか?
上記トランプ大統領の「walk down to 〜」も意味合いとしてはそうです。
あるいは、両方かけているのか?
グッドナイト・サイゴンの曲とビデオクリップは映画の名作に匹敵する名作として後世に残されるべきと個人的には思うのですが、その日本語訳が間違って出回っているとすれば由々しき問題。
いま丁度、英語が堪能な方々も当ブログを読んでくださっているようなので、この機会に40年来のモヤモヤを解消出来たら嬉しいと思いました。どうでもよい投稿で、重ねてすみません。
ビデオクリップと日本語訳を以下に掲載します。「go down」は私の意見と従来の訳を並べて(カッコ書きで)表示します。
Goodnight Saigon (Billy Joel)
We met as soul mates
On parris island
We left as inmates
From an asylum
And we were sharp
As sharp as knives
And we were so gung ho
To lay down our lives
収容所のようなパリス島の海兵隊新兵訓練所で
俺たちは魂の友として出会った
出所する囚人のようにそこを出た
俺たちはギラギラしていた
ナイフのように鋭かった
身を投げうつ狂気に溢れていた
We came in spastic
Like tameless horses
We left in plastic
As numbered corpses
And we learned fast
To travel light
Our arms were heavy
But our bellies were tight
俺たちは飼いならされない馬のように
震えながらやって来て
ビニール袋入りの
番号札つきの死体として去って行った
軽装で移動することを素早く学び
腕は重かったが
腹は満たされていた
We had no home front
We had no soft soap
They sent us Playboy
They gave us Bob Hope
We dug in deep
And shot on sight
And prayed to Jesus Christ
With all of our might
後方からの援護はなく
柔らかな石鹸もなかった
国は我々にプレイボーイ(雑誌)を送り
ボブ・ホープ(コメディアン)を慰問によこした
俺たちは塹壕を深く掘り
目に見えるものを撃った
そして神に必死の思いで祈った
We had no cameras
To shoot the landscape
We passed the hash pipe
And played our Doors tapes
And it was dark
So dark at night
And we held on to each other
Like brother to brother
We promised our mothers we’d write
And we would all go down together
We said we’d all go down together
Yes we would all go down together
風景を撮るカメラはなく
ハッシュパイプを回して吸いながら
ドアーズ(ロックバンド)のテープをかけた
そこは暗かった
夜は本当に暗かった
俺たちは兄弟がそうするように無事を確かめ合い
何かあったら互いの母さんに手紙を書くと約束した
そして一緒に帰ろうと誓った (俺たちは倒れてしまうんだ)
みんなで帰ろうぜと声を合わせた (みんな死んでしまうだろう)
そう俺たち一緒に帰るんだと (誰も助からないのだ)
Remember charlie
Remember baker
They left their childhood
On every acre
And who was wrong?
And who was right?
It didn’t matter in the thick of the fight
チャーリーのことを覚えている
ベーカーのことも思い出す
みな子供の時の自分は
故郷に置いて来ていた
誰が間違っていて
誰が正しいかなんて
激しい戦闘の中じゃそんなこと関係ないんだ
We held the day
In the palm
Of our hand
They ruled the night
And the night
Seemed to last as long as
Six weeks on parris island
We held the coastline
They held the highlands
And they were sharp
As sharp as knives
They heard the hum of our motors
They counted the rotors
And waited for us to arrive
And we would all go down together
We said we’d all go down together
Yes we would all go down together
俺たちは日中の戦闘を
手中に収めた
奴らは夜を支配した
そしてその夜は
まるでパリス島の訓練所での6週間分に感じられた
俺たちは海岸線に陣取った
奴らは高地で構えていた
奴らは鋭敏だった
ナイフのように鋭かった
奴らは俺たちのエンジン音を聴いていた
プロペラの数を数えていた
そして俺たちを待ち伏せしていたんだ
俺たちは一緒に帰ろうと誓い合っていた (最後の時が近づいていた)
みんなで帰ろうぜと声を合わせていた (共に死にゆくのだった)
そう俺たち一緒に帰るんだと (誰も助からないのだ)


ネイティブアメリカン 誤
native-born American 正