オバマ大統領イスラエル訪問のニュースをテレビで見て、ふと昔のことを思い出しました。

下は、イスラエルの首都テルアビブ市街。恐らく1996年頃に訪れた際に撮影したものです。当時は性能のいいデジカメとかありませんでしたので、画質が悪いですがご勘弁ください。

テルアビブ市街


当時私は商社勤務で旧ソ連地域を担当しており、モスクワ(ロシア)を起点に動いていました。この出張は、イスラエル製のヨーグルト製造機(牛乳からヨーグルトをつくる機械)を日本の融資でウクライナに三国間輸出する案件があり、契約のためモスクワからテルアビブに飛んだものでした。

が、いやぁ、モスクワの国際空港でのボディチェックと事情聴取の面倒だったこと・・・ もぅ、何でも見てくれという訳で、荷物もあらいざらい、契約書まで「ほらこの通り」と。
日本人ビジネスマンが、モスクワからテルアビブへ・・・普通じゃないということだったのでしょう。

イスラエルの工場は、とてもしっかりした良い会社でした。写真もあるのですが、掲載を控えます。社長さんの、
「日本は素晴らしい。争いをしないことで経済発展を得た。私たちもほとんどの人々が争いなど臨んでいない。しかし、戦争を欲する人が居る。愚かなことだ」
という言葉が印象的でした。


下は、テルアビブのビーチ。都会でありながら、地中海に面した素敵な海水浴場があります。

テルアビブビーチ1


ここでビールを飲んでいると、気のよさそうなお兄さんが向かいの椅子に腰かけて話しかけてきました。
とても話し上手で、さわやかに会話を楽しみながら、何をしにここへ来たか上手に話しさせてくれました。私の会社名もちゃんと知ってた。モサド(イスラエルの諜報機関)とわかっていましたので、全て情報提供いたしました(笑)。

そのときに理解したこと・・・
イスラエルは、国を守りぬくためには、どんなささいな疑念も放置しはしない。私のような蟻んこ一匹にさえ、安全を確認するまで決して気を抜きはしないということ。


今回、オバマ米大統領はイスラエルのネタニヤフ首相と、イラン攻撃のレッドライン(イスラエルはイランが核開発をどこまで進めたら攻撃するというギリギリの線)について協議したとのこと。
恐らく、イスラエルはイランが核兵器製造「可能」になった段階でもう、叩きたい。それはこの春〜夏。
米国は、イランが核兵器を製造可能になりそれを進めたして、製造するまであと1年。そこまでは様子を見たい。
その話し合いを外交ショーとして見せてイランをけん制するのが、今回のイスラエル訪問の意図なのでしょう。


下の写真は、上のビーチを波打ち際で撮影したもの。透き通る綺麗な海です。

テルアビブビーチ2