Hara Blog

千葉県市川市の行徳でライブ活動を行っている、フォークシンガー原の日記です。公認将棋指導員として、子供たちの将棋の話題なども。

音楽評論

ノーベル文学賞のボブ・ディランを子供にもわかりやすく語る

昨日の妙典祭りステージには、行徳将棋クラブの子と保護者の方も何名か来てくれました。地元でバザーがあり市民将棋大会へは出られなかったとのことで、バザーが終わってから足を運んでくれたとのこと。ありがとうございます。

さびしいオジサンについでにもう少しだけ、お付き合いいただけませんか(笑)。ノーベル文学賞で話題になった「ボブ・ディラン」という歌手が、どんな人かって話。
普通の時だと訳のワカンナイ年寄りになっちゃって孤独なのですが。今ならちょっとだけ興味ないですか?

もしよろしければ。

戦争って、なくならないじゃないですか。なくせないんです。兵器をつくる数々の会社(軍需産業)ってすごく大きくて、力を持っている。彼らは戦争がないと困るから、お金を使って政治家や官僚を操るんですよ。戦争をするように。

フォークシンガーたちが、そんな世の中と戦った時代がありました。歌にして、人々にうったえた。フォークソングは今のように売れている歌手が歌うものではなかったので、フォークシンガーは別に失うものはなかったんです。そんな中から出てきたのが、昨日歌った「風に吹かれて」。(Hara Blog ノーベル文学賞にボブ・ディラン

ところが、フォークソングが多くの人々の心に響いたことにより、「売れる」ようになった。レコード会社が彼らの歌を録音して売るようになります。すると、事情が変わってきた。

あんまり過激に政治家や軍需産業の悪口を言うと、そいつらがレコード会社に「アイツを何とかしろ」と圧力をかけてくるんです。テレビとかにも出られなくしちゃう。そうするとレコード会社の収入が減って多くの社員さんが困ります。フォークシンガーたちは自由にものを言うこと歌うことがだんだん難しくなりました。今の日本もそうですよね。

でもあきらめなかったのが、ボブ・ディラン。

どうしたかというと、政治家が悪いとか兵器をつくる会社が悪いとか直接言うのを避けて、たくみに別のことに言い換えて表現したんです。
そしてそれらの作品は、とても文学性に富んだものになりました。例えば次の記事を参考にしてください。
Hara Blog 激しい雨が降る
Hara Blog ボブ・ディラン『廃墟の街』

世界中のファンたちはディランのレコードを買うと、歌詞を読んでは何のことを言っているのか一生懸命に考えました。ディランが暗号化したものを解読しようと。
今では、何を言っているのかさっぱりワカラナイ難しい歌を買ってまで聴きたいとはみな思わないですよね。でも昔のフォークファンはそれをやっていました。世の中の現実を表現するのがフォークだから。

「ノーベル文学賞もそうだが、ノーベル平和賞でもよかったのではないか」とも言われていますね。私もそう思います。

ノーベル文学賞にボブ・ディラン

シマッタなぁ、昨日、「村上春樹さんよりはボブ・ディランが先じゃないかな」という記事を書こうと思っていたら(笑)竜王戦事件だったので。書いていたら大ファインプレーでしたね。

ノーベル文学賞に、Bob Dylan が選ばれれました。おめでとうございます。
いやぁ、うれしいです。最近はすっかり、芸能文学の世界で誰がどんな賞をとっても感動しなくなってしまいましたが、これは格別。
これを機にディラン作品がまた見直されたらいいですねぇ。

日本ではやはりこの曲がいちばん有名でしょうね。「風に吹かれて」
1962年キューバ危機。米露の緊張がまさに核戦争の寸前にまで高まります。ニューヨークのカフェやバーは四六時中この話題でもちきり。そんな中から生まれた歌です。



  How many roads must a man walk down
  Before you call him a man?
  Yes, 'n' how many seas must a white dove sail
  Before she sleeps in the sand?
  Yes, 'n' how many times must the cannon balls fly
  Before they're forever banned?
  The answer, my friend, is blowin' in the wind,
  The answer is blowin' in the wind.

どれだけ道を歩けば
彼は人と呼ばれるんだろう?
ねえ、白い鳩はどれだけ飛んだら
砂の上で眠ることができるのかい?
そう、どれだけ弾丸が飛び交えば
それは永遠に止むのだろう?
答えは友よ 風に舞っている
答えは風に舞っている

「いちご白書」をもう一度

今日の弾き語りは、「『いちご白書』をもう一度」。
1975年、バンバン(ばんばひろふみ、今井ひろし)。作詞作曲は荒井由実(ユーミン)。

この歌の中に出てくる「いちご白書」という映画は1970年に公開されたアメリカ映画。1968年にあったコロンビア大学の抗議行動が題材になっています。

いちご白書
ブルース・デイヴィソン
ポニーキャニオン
1970-01-01


(上記AmazonリンクはVHSですのでご注意ください。日本語字幕付きのDVDは発売されていないようです)


公開の1970年前後は、日本でも学生運動で様々のことがありました。この歌はその数年後が舞台です。



映画「いちご白書」ですが、「話には聞いているが、見たことはない」という人が多いと思いますので、あらすじをまとめました。長文になりますが、興味ある方はご参考まで。こんなストーリーです。

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サイモンはボート部に所属する大学生。
ある日アパートに帰ると、ルームメイトのチャーリーと女子学生が裸でベッドの上。女子学生はあっけらかんと服を着ると今日の学校ストライキに行くと言い、政治に疎い二人を馬鹿にする。大学は黒人たちを学校の敷地から追い出した。その場所は予備士官訓練所になるらしい。「ここは我々の大学だ」それを示すために学校を占拠している。
「あなたたちも参加すべきよ」そう言って彼女は去って行った。

チャーリーによれば、「いちご白書」のせいでかなりの学生が集まっている。
「(いちご白書って)何だ?」
「学長が言うには、『君たちの言っていることはイチゴが好きだよ』みたいだとさ」
イチゴとはつまりその色、アカ(共産主義)のことである。
女の子もたくさん居るという下心丸出しのチャーリー。連られてサイモンも学校へ。柵の中に見たリンダに一目ぼれし、ストに参加するのだった。

学内では様々な議論が行われている。
「大学はまさにベトナムの人々を殺すのだ(敷地を訓練所に提供することで)」
「その影響を最も受けるのは黒人なんだ」
「我々とて暴力は好まない。目的はこの学校が置かれた状況を外部に伝えることだ。だが新聞やテレビは体制側にあり、それが難しい」

サイモンとリンダは同じ食料調達班となり、互いに恋心を抱くようになる。リンダは、
「私はウーマンリブ(女性解放運動)よ」
と言う。今つき合っている男性の妻になり家庭に入るという運命から自身を解放すべきか悩み、このストに参加している。

サイモンはこっそりストを抜け出し毎日ボート部の練習に参加している。リンダはそれを責める。
「自分の大学が人殺しなのにボートなんて。ストは現実。ボートはゲームよ。あなたは本気じゃないんだわ」
サイモンは混乱する。必至で勉強して合格し、うれしさに飛び上がる思いで入った大学。学校を壊したくない。でも傍観している自分もイヤだ。

リンダも悩みを抱えている。今の彼と結婚すればブルジョアの暮らしがある。が、自分は独占される。かといってサイモンとの恋を深めれば、
「いつか私を独占したいと思うでしょう?そんなあなたはキライ」
そして、ひとりで答えを出すためにストを離れるのだった。

サイモンはストを続ける。リンダが居ないことでかえって問題の本質に目が向くようになる。仲間によって大学と企業の癒着の情報がもたらされた。黒人を追い出した区域を軍の訓練所に提供するのはその土地を非課税にするため。いずれ訓練所は廃止され電力会社が入ることになっているという。つまり脱税が目的。しかも大学の理事と電力会社の会長は同一人物。

活動にのめり込んでゆくサイモンをボート部の友人がそしり、ケンカになる。顔面に拳を食らった傷を勲章にするため、サイモンは「警官にやられた」とストの仲間たちに嘘を言う。彼は英雄扱い。レーニンに心酔しているらしい女子学生が、ゲバラのポスターが貼りめぐらされた印刷室に彼を誘い身を預けてくる。暴力とセックスの中で、サイモンは覚醒してゆく。

リンダが戻ってきた。素直に喜び受け入れるサイモン。束の間二人は、遊園地や公園で恋人どうしの時間を過ごす。
しかし、ふとしたきっかけでサイモンの感情が爆発する。
「核反対なんて騒いでも誰が聞くもんか。皆が無関心でこの町は腐ってる。腐った町の腐った警官が平和を願う者たちを殴っている。殴るべきなのは戦争屋や殺し屋だ!」

最後の日はやってきた。その夜立ち退かなければ、警官隊と州兵たちが強制的に鎮圧するという。しかし学生たちは居座り続ける。
サイモンは学部長の秘書に詰め寄り、学生たちの正義を説きこう言う。
「警官隊の突入をやめないと大変なことになる。こんな戦い、やらずに済んだんだ。この戦いを始めてしまったのは、そっちなんだ」

学生たちは、最後のチャンスにかけている。テレビ局が集まっている。その前で自らの意見を主張したいと構えている。だが学校の柵の外では冷ややかな会話。「このごろの学生は勉強してないんだね」「ひどくなったもんだね」。

拡声器を持つ学長による最後通告が行われ、防護マスクをつけた警官隊と州兵が突入した。催涙ガスをまき散らす。白煙にのた打ち回る学生たち。ひとりずつ引きずられては棍棒で打ち付けられ、弱ったところを担がれ移送者に放り込まれる。学生たちにはメッセージを発する余裕もない。喧騒と怒号の中で容赦ない掃討が展開されてゆく。

寄り添うように屈んで座っていたサイモンとリンダにも警官隊の手が伸びた。二人の仲を裂くように、警官たちがそれぞれを拘束する。リンダの頭に棍棒が打ち付けられた。叫び声。逆上したサイモンはものすごい力で警官たちを突き飛ばし、彼女へ向け階段の上からダイブする。しかしその体は、むなしく再び群がる警官たちの手に墜ちたのだった。

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Happy Xmas

みなさん、よいクリスマスを過ごせましたか?

平和への願いを込めて、ジョン・レノンの「Happy Xmas」です。



11手詰
11手詰









解答: ▲1三金△同玉▲2二銀△1二玉▲2一銀不成△同玉▲3二と△1二玉▲2二と△1三玉▲2五桂まで11手詰。

ビデオクリップの最後に出てくる「An eye for an eye will make us all blind」はマハトマ・ガンジーの言葉。直訳すると、「目には目をのやり方は全ての人を盲目にする」。

さだまさしと吉田拓郎

興味ない人はスルーしてください。
ちょっと気になり、少し前から書いておきたいと思っていました。

ちゃんぽん食べたか」の記事がわりと検索で上位にヒットするようで、その後も何回か触れたので、さだまさしさんファンの方にちょこちょこお越しいただいているような感じがします。

ところが色々記事を見ると当ブログ主は吉田拓郎びいきであることが解るはずなので、「なにこの市川市民?」ですよね(笑)。そこで弁明。

「吉田拓郎はさだまさしが嫌い」というのは、やや誤解をもって理解されています。

例えば拓郎さんが食べ物に関してどういう感覚をしているかというと、お酒好きの辛党でして、クリームたっぷりの甘そうなケーキなんて見ると「うぇっ」となるそうです。普通は辛党でもケーキを見て「うぇっ」とまではならないものですが。
味覚に関してそうなので、本職の音楽については多分、もっと敏感にそう。「好き嫌い」というと印象悪いですが、要するに「合う合わない」が激しい。

拓郎さん曰く、さださんの「あのストリングス(弦楽器)の質感が、生理的に合わない」とのこと。
好きな人にはクラシカルで深みのある音楽でしょうが、彼にとっては何かヌメ〜ッとしたものに絡まれているような感触があるんだろうと思います。

一方で、はっきりと「才能は認めている」と言っています。「雨やどり」を聴いたときに、「あっコイツ才能ある」と思ったそうです。
文学的な名曲よりこの曲に才能を見ていることも、拓郎さんが大いにさださんを評価している証。どんなに素晴らしい作品を生み出せてもそれを伝える大衆性がないと成功できませんが、さださんにはそれがある。

つまり、こういうことです。
「スイーツというジャンルがあって、ケーキを幸せに食べている人々が居る。それをつくる腕のいいパテシエが居る。それは認める。でも、すまん、オレには食えねえ」

不幸なことに拓郎さんとは関係なく、さだまさし作品の方法論について徹底的に、これは違う、エンターテインメントはこうじゃないと否定的に批評する風潮が80年代から90年代にかけてありました。「拓郎のさだ嫌いはそれとは違う。認めるが合わないと言っているだけだ」という冷静な区分けがなされず、さださんファンにとっては単純に「さださんを悪く言う有名人筆頭格のひとり」ということになってしまいました。

最近は拓郎さんを「神」と仰ぐアルフィーの方々もさださんと親しく交流されていますし、生理的なものは仕方がないとして認識については、ご本人と周辺の方々どうしは誤解が解けているのだろうと思います。


ちなみに私は、お酒飲みますが甘いものも食べます(笑)。

Karma chameleon

このシリーズ、これでいったん区切りにします。時々気まぐれにやるかもしれませんが。

さて今回は、カルチャークラブによる1983年の世界的ビッグヒット、「Karma chameleon」。
「カーマは気まぐれ」と邦題がつけられているのですが、これが・・・

たぶん多くの日本人は「カーマ」という女の子とのラブソングと理解していることでしょう。さらに、ボーカルのボーイ・ジョージが化粧をしておカマっぽいので、イメージとしてはすっかり「気まぐれなおカマの歌」として定着してしまったような・・・

たぶん、日本で売り出す人が確信犯的にそうしたのでしょうね。そして、大成功してしまった。でも、ポピュラーソングの歴史に残る名曲がそのままでいいのかな?

「カーマ(Karma)」は、宗教用語の「カルマ」。
「カルマ」という言葉の意味は難しく、辞書を引くと「業(ごう)」「因縁」「人が発する雰囲気」など、出てきます。わかりやすく言うと、その人が持っている「欲求」やそれが表面に現れた「性格」ということになるでしょうか。

この歌は、「カルマ」を「君」に置き換えて、強く湧き上がる欲求の通りに行動できず「こうだったらいいのになぁ」という夢をたぐりよせることができない悩みを描いています。というのが私の理解ですが、様々な解釈ができると思います。深い歌です。

改めて懐かしいクリップを見て、新しい発見をしました。ラストシーンに出てくる、船尾につけられた「THE CHAMELEON」という船名。
たくさんのキャラが居て様々な色があり、色んなことが起こる。この「カメレオン号」の川下りを人生に例えた、そういう映像作品だったんですね。

というわけで、翻訳もとても難しいです。直訳だけだと何のことかわからないので、私なりの解釈で思いっきり意訳します。




Karma chameleon (Culture Club)

Desert loving in your eyes all the way
If I listened to your lies would you say
I'm a man without conviction
I'm a man who doesn't know
How to sell a contradiction
You come and go
You come and go

君の眼はいつだって非情
僕が君の戯言に付き合うなら 君はこう言うかな
「あなたは信念のない人
 矛盾でも押しつけてく強さがないのよ」
君はやって来てはまた行ってしまう

Karma karma karma karma karma chameleon
You come and go
You come and go
Loving would be easy if your colours were like my dream
Red gold and green
Red gold and green

カルマ(人の業)はカメレオンのよう
湧いて来てはまた消えてしまう
とらえどころのないもの
その色と夢が同じなら 愛することはたやすいのに
赤、金色そして緑
赤、金色そして緑

Didn't hear your wicked words everyday
And you used to be so sweet I heard you say
That my love was an addiction
When we cling our love is strong
When you go you're gone forever
You string along
You string along

君が意地悪を言うのを聴いたことがなかった
君はとても優しかったね そしてこう言ってた
「あなたの愛におぼれているの
 一緒に居れば私たちの愛はとても強いわ」
でも居なくなるや ずっと姿を見せてくれない
君は思わせぶり 僕をつなぎとめる

Karma karma karma karma karma chameleon
You come and go
You come and go
Loving would be easy if your colours were like my dream
Red gold and green
Red gold and green

カルマ(人の業)はカメレオンのよう
湧いて来てはまた消えてしまう
とらえどころのないもの
その色と夢が同じなら 愛することはたやすいのに
赤、金色そして緑
赤、金色そして緑

Everyday is like survival
You're my lover not my rival
Everyday is like survival
You're my lover not my rival

毎日がサバイバルのようさ
君は僕の恋人で敵じゃないよね
毎日悩みまくっているのさ
業は大切なもので戦う相手じゃないよね

I'm a man without conviction
I'm a man who doesn't know
How to sell a contradiction
You come and go
You come and go

僕は信念のない人間さ
ムリなことでも押し通す強さがないんだ
心に業が湧いて来ても すぐに消えてしまうんだ

Karma karma karma karma karma chameleon
You come and go
You come and go
Loving would be easy if your colours were like my dream
Red gold and green
Red gold and green

カルマ(人の業)はカメレオンのよう
湧いて来てはまた消えてしまう
とらえどころのないもの
業のままに夢を追えたら つかむことはたやすいのに
赤、金色そして緑
赤、金色そして緑

Sunday Bloody Sunday

前回「アローン・アゲイン」で「血の日曜日事件」に触れましたので、この曲にいきます。
同じくアイルランド出身のロックバンド「U2」で「Sunday Bloody Sunday」(1983年)

ただし、U2のボーカルで熱心な社会活動家であるボノによると、アイルランドの血の日曜日事件だけに特定せず、多くの地域の同じような惨状に対してなぜだと問いかける歌のようです。

血の日曜日事件を映像化した動画とU2のライブ動画、2つ貼ります。

事件映像(上)のほうは衝撃的で、どうしてこんなにヒドいことが出来るんだろうと思ってしまいます。個人的な見方を加えますと、カトリック系にも過激派組織があり(IRA)デモ隊の民衆の中にそういった連中のスナイパーが潜んでいるかもしれないという警戒心・恐怖心が兵士たちにもあったのでしょう。老若男女に関わらず誰がそうかワカラナイ、わずかでも気を許した瞬間に撃ってくるかもしれない・・・という緊張状態の中に置かれると、人間は自分の身を守るために撃たざるをえないという精神状態に追い込まれるのかもしれません。


最後のパラグラフ、「the victory Jesus won」の訳で悩みました。「勝利」と訳してしまうと戦闘の勝利と混同されてしまいそうですが、そうではありませんね。様々な苦難を乗り越えた先にある理想の社会なり精神状態のことだと思うのですが、よい日本語の単語が思い浮かばずに「理想郷」としましたが自信ありません。






Sunday Bloody Sunday  (U2)

I can't believe the news today
I can't close my eyes and make it go away
How long, how long must we sing this song?
How long, how long?
'Cos tonight
We can be as one, tonight

今日のニュースを信じられない
目を閉じてもその光景を消すことができない
いつまで いつまでこの歌を歌い続けなければならない?
いつまで いつまで?
今夜 今夜ぼくらはひとつになれるから

Broken bottles under children's feet
Bodies strewn across the dead-end street
But I won't heed the battle call
It puts my back up, puts my back up against the wall
Sunday, bloody Sunday
Sunday, bloody Sunday
Sunday, bloody Sunday

子供たちの足元には割れたビン
袋小路の道には散乱した死体
戦闘の喧騒なんて聞こえやしない
はらわたが煮えくり返る 怒りがこみあげてくる
日曜日、血の日曜日
日曜日、血の日曜日
日曜日、血の日曜日

And the battle's just begun
There's many lost, but tell me who has won?
The trenches dug within our hearts
And mothers, children, brothers, sisters torn apart
Sunday, bloody Sunday
Sunday, bloody Sunday

戦闘は始まったばかり
敗者はたくさん居るが、誰が勝ったっていうんだ?
僕らの心には壕が掘られ
母親たち、子供たち、兄弟たち、姉妹たちは散り散りになってしまった
日曜日、血の日曜日
日曜日、血の日曜日

How long, how long must we sing this song?
How long, how long?
'Cos tonight
We can be as one, tonight
Sunday, bloody Sunday
Sunday, bloody Sunday

いつまで いつまでこの歌を歌い続けなければならない?
いつまで いつまで?
今夜 今夜ぼくらはひとつになれるから

Wipe the tears form your eyes
Wipe the tears from your eyes
Wipe your tears away
I’ll wipe your tears away
I’ll wipe your tears away
I’ll wipe your bloodshot eyes
Sunday, bloody Sunday
Sunday, bloody Sunday

きみの目の涙をぬぐっておくれ
きみの目の涙をぬぐっておくれ
きみの目の涙をぬぐい去っておくれ
ぼくがきみの目の涙をぬぐってあげるよ
ぼくがきみの目の涙をぬぐってあげるよ
赤く泣き腫らしたきみの目をぬぐってあげるよ
日曜日、血の日曜日
日曜日、血の日曜日

And it’s true we are immune
When fact is fiction and TV reality
And today the millions cry
We eat and drink while tomorrow they die

事実がフィクションやテレビの中の出来事になり
ぼくらはそれに慣れてしまっている
そして今日も多くの人々が泣き
彼らが明日死ぬというのに ぼくらは平気で飲み食いしている

The real battle just begun
To claim the victory Jesus won
On…
Sunday, bloody Sunday
Sunday, bloody Sunday

本当の戦いは始まったばかりだ
イエスが手にした理想郷を求めて
日曜日に、この血の日曜日の上に
日曜日に、この血の日曜日の上に

アローン・アゲイン

80年代の曲ではないのですが、80年代に活躍したアーティストたちにも大きな影響を与えたこの曲をとりあげたいと思いました。
1972年、ギルバート・オサリバンの「アローン・アゲイン」で、アイルランドからのヒットです。
尚、英語のタイトルは『Alone Again (Naturally)』で、「あたりまえのこと」「いつものこと」という意味の(Naturally)がつけられています。

歌詞の言葉の意味をそのまま受けとって心に染みる歌です。長期にわたり世界中で愛される所以で、色あせません。
つらいことばかりで居場所がなく、理解してくれる人も次々と去ってしまう。悲しみから逃れるために、そして傷ついた心をわかってもらいたくて、高い建物に登って身を投げようと思う。

一方で、深読みかもしれませんが、アイルランドの置かれていた状況が背景にあるという説もあります。
教会で結婚式の日に花嫁に捨てられるという物語が、宗教闘争を示唆しているのではないかと。
確かに、個人的なことを綴っただけにしては、第3パラグラフの「世界の傷ついた人々をどうすべきだろう」というテーマは飛躍に過ぎるかもしれません。

英国国教会をプロテスタントと呼ぶかどうかは議論を呼ぶところですが(教義なのか制度なのかという)、ここではわかりやすくそうします。
アイルランドはカトリックですが、英国系(プロテスタント)の多い北部ではカトリックが抑圧され、公正を求めるカトリック系と現地警察およびプロテスタント系過激派との衝突が繰り返されました。事態を重く見た英国政府は1969年から英国軍を投入して治安維持を計ります。

当初英国軍は暮らしを安心させてくれる存在としてカトリック系住民からも歓迎されました。しかし1972年1月、市民の大規模デモに対して英国軍がこれを押さえにかかり、ついにはデモ隊の中に武装過激派が居ると見誤ったのか発砲にまで及んでしまい、十数名の命が奪われるという「血の日曜日事件」が発生します。被弾したのは非武装の一般市民でした。

まさに歌の中にあるように、本当に必要で居てほしいときに、その相手からズタズタにされるようなひどい仕打ちを市民は受けました。「アローン・アゲイン」が発表されたのは、この年です。

ギルバート・オサリバンがこういった社会背景を歌に描きこんだのかは、わかりません。しかしひとつ言えるとすれば、孤独になってしまった絶望や悲しみ知っている、その心を多くの人があたりまえ(naturally)に持つことで世の中は少し救われるのかもしれません。彼が込めた願いではなかったでしょうか。




Alone Again (Naturally)  (Gilbert O'Sullivan)

In a little while from now
If I'm not feeling any less sour
I promise myself to treat myself
And visit a nearby tower
And climbing to the top
Will throw myself off
In an effort to make it clear to whoever
What it's like when you're shattered
Left standing in the lurch at a church
Were people are saying, My God, that's tough
She stood him up
No point in us remaining
We may as well go home
As I did on my own
Alone again, naturally

もう少し経って
この痛みがおさまらなかったら
自分を癒そうと決めたんだ
近くの高い建物へ行って
屋上まで上り
この身を投げようと
誰にでもいいから見せ付けてやる
打ちひしがれるってのがどんなことかって
教会にとり残され
そこに居る人々が言う
「こりゃ深刻だ、彼女は彼を捨てたんだ
 我々がここに残ってても仕方ないね
 帰ったほうがよさそうだね」
前に僕自身も同じことをしたのだけど
またひとりになったよ いつものことさ

To think that only yesterday
I was cheerful, bright and gay
Looking forward to who wouldn't do
The role I was about to play
But as if to knock me down
Reality came around
And without so much as a mere touch
Cut me into little pieces
Leaving me to doubt
Talk about, God in His mercy
Oh, if he really does exist
Why did he desert me
In my hour of need
I truly am indeed
Alone again, naturally

ほんの昨日のことさ
僕は明るく陽気だった
彼女と結婚する人が僕のほかに現れるなんて
思ってもみなかった
でも僕を打ちのめすように
現実が訪れて
救うことができないくらいに
僕を粉々に切り裂いた
残された僕は何も信じられなくなった
こう言いながら
「もし神の慈悲があるなら、
 もし神が確かにいるのなら、
 なぜ僕を捨てるのでしょうか
 僕に必要なときに
 ほんとうに居てほしいときに」
またひとりになったよ いつものことさ

It seems to me that there are more hearts broken in the world
that can't be mended
Left unattended
What do we do
What do we do

世界にはもっと心を壊された人々が居るように見える
けっして癒すことができないくらいに
ひとりぼっちにされて
僕らはどうすればいい?
僕らはどうすればいい?

Alone again, naturally

またひとりになったよ いつものことさ

Looking back over the years
And whatever else that appears
I remember I cried when my father died
Never wishing to hide the tears
And at sixty-five years old
My mother, God rest her soul
Couldn't understand why the only man
She had ever loved had been taken
Leaving her to start
With a heart so badly broken
Despite encouragement from me
No words were ever spoken
And when she passed away
I cried and cried all day
Alone again, naturally
Alone again, naturally

この数年間を振り返ると
起こったことすべてを思い起こすと
父さんが死んで泣いたことを思い出す
涙を隠そうともしなかった
そして母さんが65歳のときに
神はその魂を休まされた
神が彼女の愛したただ一人の人を
なぜ召されたのかわからなかった
なぜ母さんをひとり残して
深い悲しみを抱える時を与えられたのか
僕のはげましもむなしく
彼女は無口になった
そして母さんが逝ったときに
僕は一日中泣き続けた
またひとりになったよ いつものことさ
またひとりになったよ いつものことさ

ボーン・イン・ザ・U.S.A.

9.11テロで亡くなられた方々のご冥福を祈ります。
憎しみの連鎖を生まぬ世界を強く願います。


さて今回は「Born in the U.S.A.」。1984年、ブルース・スプリーングスティーン。
「俺はアメリカに生まれたんだ」と勢いよく連呼するその雰囲気からアメリカ賛美の歌のような印象を受けますが、内容はその逆。アメリカの負の面を描いています。

改めて聴くと、昔は気に留めなかったことにも意味があると感じます。ベトナム戦争帰りの主人公が職を求めるのは石油精製所。アメリカでは、戦争を起こしたい連中の代表格が石油関連企業なんですよね。石油の利権を求めて世界中で戦争をして若者を送って。帰って来た彼らの面倒を見やしない。

「グッドナイト・サイゴン」で問題提起した「go down」が中盤で出てきますね。「Went down to see my V.A. man」・・・石油精製所で雇ってもらえなかった主人公は、そこを出て軍人局へ向かいます。「そこを離れる」意味で使用されています。

ケサン*はベトナムの地名。「ケサンの戦い」は激しい戦闘で、米国のこの戦争における戦略の大きな転換点になりました。

最後のパラグラフ、「俺はアメリカじゃ帰りが遅い親父 カッコいいロックな親父」はどう解釈するか難しいですが、私は、戦争に出ている兵隊さんとライブツアーで旅をしているロックシンガーを重ねているのではないかと考えています。長いこと旅をして、くたくたになって帰ってくれば邪魔者扱い。でも、どんなに邪険にされても俺はこの国を、家族を愛しているんだよと。




Born in the U.S.A. (Bruce Springsteen)

Born down in a dead man’s town
The first kick I took was when I hit the ground
You end up like a dog that’s been beat too much
Till you spend half your life just covering up

死人の町に生れ堕ち
最初の蹴りを地面にくれてやった
おまえはボコボコに殴られた犬みたいにして死んだ
ひっそりとした名もなき半生を送り最後はそうだった

Born in the U.S.A.
I was born in the U.S.A.
I was born in the U.S.A.
Born in the U.S.A.

アメリカに生まれた
俺はアメリカに生まれた
そんなアメリカに生まれた
アメリカに生まれたんだ

Got in a little hometown jam so they put a rifle in my hand
Sent me off to a foreign land to go and kill the yellow man

故郷の町で(仕事がなく)困っていたら ライフル銃を手に持たされた
黄色人種を殺すために 俺は外国の地へと送られたんだ

Born in the U.S.A.
I was born in the U.S.A.
I was born in the U.S.A.
Born in the U.S.A.

アメリカに生まれた
俺はアメリカに生まれた
そんなアメリカに生まれた
アメリカに生まれたんだ

Come back home to the refinery
Hiring man says “son if it was up to me”
Went down to see my V.A. man
He said “son don’t you understand now”

国に帰ってきて職を求め石油精製所に行った
人事担当の男が言うには「私には何ともなりません」
そこを出て今度は在郷軍人局に行った
するとこう言われたのさ「まだわからないかな」

Had a brother at Khe Sahn fighting off the Viet Cong
They’re still there he’s all gone
He had a woman he loved in Saigon
I got a picture of him in her arms now

ケサン*で一緒にベトコンを蹴散らした親友が居た
だがベトコンは居なくならない 親友は死んでしまった
彼にはサイゴンに愛した女が居た
俺の手に今あるのは、彼女に抱きつかれた彼の写真

Down in the shadow of the penitentiary
Out by the gas fires of the refinery
I’m ten years burning down the road
Nowhere to run ain’t got nowhere to go

州刑務所の影に怯え
製油所のガスの炎に追い払われ
俺は10年間も道を焼き尽くすような八方塞がり
向かって走る場所がなければどこへも行けない

Born in the U.S.A.
I was born in the U.S.A.
Born in the U.S.A.
I’m a long gone Daddy in the U.S.A.
Born in the U.S.A
Born in the U.S.A
Born in the U.S.A
I’m a cool rocking Daddy in the U.S.A.

アメリカに生まれた
俺はそんなアメリカに生まれた
アメリカに生まれたんだ
俺はアメリカじゃ帰りが遅い親父
アメリカに生まれた
俺はそんなアメリカに生まれた
アメリカに生まれたんだ
俺はアメリカじゃカッコいいロックな親父

グッドナイト・サイゴン

前回に引き続き、ビリー・ジョエル。今回は「グッドナイト・サイゴン」です。

ベトナム戦争を題材にした歌としては、ポピュラー音楽の世界において代表的な楽曲として位置づけられる作品です。

改めてビデオクリップをじっくり見て目に留まったのは、中盤の「戦闘の中では誰が正しいかなんて関係ないんだ」と叫ぶ場面でナパーム弾のアップが映し出される場面。色々と考えさせられます。

とても重要な作品なのですが、クライマックスの「We would go down together」と男たちが合唱するところの日本語への翻訳について、既存の理解でいいのかな? と危惧しています。

「一緒にに倒れる(死ぬ)」の意味で和訳されて、日本では広くそのように理解されていると思います。もちろんそれもあるでしょうが。
例えば、「go down this street」は「この道をあちらの方に行く」・・・つまり「ここから遠ざかる」という位置関係で使います。「go down the river」は「川を下る」です。

即ち、この歌の中で兵士たちは「一緒にここを離れよう」つまり「無事に役目を終えてみんなで生きて国へ帰ろう」と言っているのではないでしょうか。しかしながら「倒れてしまう」という、二重の意味が込められているのではないかというのが私の解釈です。そのように訳します。




Goodnight Saigon (Billy Joel)

We met as soul mates
On parris island
We left as inmates
From an asylum
And we were sharp
As sharp as knives
And we were so gung ho
To lay down our lives

収容所のようなパリス島の海兵隊新兵訓練所で
俺たちは魂の友として出会った
出所する囚人のようにそこを出た
俺たちはギラギラしていた
ナイフのように鋭かった
身を投げうつ狂気に溢れていた

We came in spastic
Like tameless horses
We left in plastic
As numbered corpses
And we learned fast
To travel light
Our arms were heavy
But our bellies were tight

俺たちは飼いならされない馬のように
震えながらやって来て
ビニール袋入りの
番号札つきの死体として去って行った
軽装で移動することを素早く学び
腕は重かったが
腹は満たされていた

We had no home front
We had no soft soap
They sent us Playboy
They gave us Bob Hope
We dug in deep
And shot on sight
And prayed to Jesus Christ
With all of our might

後方からの援護はなく
柔らかな石鹸もなかった
国は我々にプレイボーイ(雑誌)を送り
ボブ・ホープ(コメディアン)を慰問によこした
俺たちは塹壕を深く掘り
目に見えるものを撃った
そして神に必死の思いで祈った

We had no cameras
To shoot the landscape
We passed the hash pipe
And played our Doors tapes
And it was dark
So dark at night
And we held on to each other
Like brother to brother
We promised our mothers we’d write
And we would all go down together
We said we’d all go down together
Yes we would all go down together

風景を撮るカメラはなく
ハッシュパイプを回して吸いながら
ドアーズ(ロックバンド)のテープをかけた
そこは暗かった
夜は本当に暗かった
俺たちは兄弟がそうするように無事を確かめ合い
何かあったら互いの母さんに手紙を書くと約束した
そして一緒に帰ろうと誓った (俺たちは倒れてしまうんだ)
みんなで帰ろうぜと声を合わせた (みんな死んでしまうだろう)
そう俺たち一緒に帰るんだと (誰も助からないのだ)

Remember charlie
Remember baker
They left their childhood
On every acre
And who was wrong?
And who was right?
It didn’t matter in the thick of the fight

チャーリーのことを覚えている
ベーカーのことも思い出す
みな子供の時の自分は
故郷に置いて来ていた
誰が間違っていて
誰が正しいかなんて
激しい戦闘の中じゃそんなこと関係ないんだ

We held the day
In the palm
Of our hand
They ruled the night
And the night
Seemed to last as long as
Six weeks on parris island
We held the coastline
They held the highlands
And they were sharp
As sharp as knives
They heard the hum of our motors
They counted the rotors
And waited for us to arrive
And we would all go down together
We said we’d all go down together
Yes we would all go down together

俺たちは日中の戦闘を
手中に収めた
奴らは夜を支配した
そしてその夜は
まるでパリス島の訓練所での6週間分に感じられた
俺たちは海岸線に陣取った
奴らは高地で構えていた
奴らは鋭敏だった
ナイフのように鋭かった
奴らは俺たちのエンジン音を聴いていた
プロペラの数を数えていた
そして俺たちを待ち伏せしていたんだ
俺たちは一緒に帰ろうと誓い合っていた (最後の時が近づいていた)
みんなで帰ろうぜと声を合わせていた (共に死にゆくのだった)
そう俺たち一緒に帰るんだと (誰も助からないのだ)

アレンタウン

ビリージョエルの「アレンタウン」。大好きだった曲で、1982年の作品。

アレンタウンはアメリカのペンシルヴェニア州にある都市です。ペンシルヴェニアは地理的にはニューヨーク州の南側に隣接。東はニュージャージー州で、きれいな白い砂浜の海岸がのびています。
かつては繊維産業で栄えましたが石炭がとれることから重工業も盛んとなり、都市ベツレヘムには大きな製鉄所がありました。しかし時代の流れで不況にのまれ、どんどん仕事がなくなっていきます。

今回改めてクリップを見て気付いたのですが、軍に入隊して町を出て行った青年が車椅子で帰ってくるシーンがありますね。一方では職場を解雇された友人。互いに痛みを抱えた二人が再会し抱き合います。米国の様々な問題点をこれだけの短いクリップの中でよく描き出していると感じました。

「アメリカの旗を投げつける」ってどういう意味だろう?と悩んだことを思い出します(笑)。
「うまくいかなくなった社会を何とか良くして下の世代に渡そうとがんばってくれるんじゃなくて、それを放棄してそのまま子供たちにブン投げた」・・・と今なら解釈しますが、どうでしょうね。




Allentown (Billy Joel)

Well we're living here in Allentown
And they're closing all the factories down
Out in Bethlehem they're killing time
Filling out forms
Standing in line
Well our fathers fought
the Second World War
Spent their weekends on the Jersey Shore
Met our mothers in the USO
Asked them to dance
Danced with them slow
And we're living here in Allentown
But the restlessness was handed down
And it's getting very hard to stay

アレンタウンで暮らしている
工場はすべて閉鎖され
ベツレヘムには暇になってしまった人々
書類を書いて 職安に並んでいる
その昔 親父たちは第二次大戦で戦った
ジャージーの浜で週末を過ごし
軍の娯楽施設で母さんと出会い
ダンスを申し込んで
スローダンスを踊った
時が経ち僕らはここアレンタウンに住んでいる
だが僕らに引き継がれたのはこの不安
ここでの暮らしはますます厳しくなる

Well we're waiting here in Allentown
For the Pennsylvania we never found
For the promises our teachers gave
If we worked hard
If we behaved
So the graduations hang on the wall
But they never really helped us at all
No they never taught us what was real
Iron and coke
And chromium steel
And we're waiting here in Allentown
But they've taken
all the coal from the ground
And the union people crawled away

アレンタウンで待っている
まだ見ぬペンシルヴェニアの輝ける日を
僕らの先生たちがくれた約束を
たくさん勉強すれば
行いが正しければ その日がくると
壁に掛かった卒業写真
何の役にも立ちはしない
現実がどうかなんて教えてはくれなかった
鉄とコークス
そしてクロム鋼
ここ アレンタウンで待っている
だが石炭は掘りつくされてしまい
労働組合の連中も這うように逃げてしまった

Every child had a pretty good shot
To get at least
as far as their old man got
But something happened
on the way to that place
They threw an American flag in our face

すべての子供には輝ける時があり
その先には せめて父さんたちくらいの暮らしがあるはずだった
でもそこへ向かう道の途中で
何かが起きてうまくいかなくなった
そして大人たちは アメリカの旗を僕らの顔に投げつけたんだ

Well I'm living here in Allentown
And it's hard to keep a good man down
But I won't be getting up today

アレンタウンで暮らしている
気骨のある人間ならば沈んだままでは終わらないもの
しかし今はまだ 僕は立ち上がることができないでいる

And it's getting very hard to stay
And we're living here in Allentown

ここでの暮らしはますます厳しくなる
アレンタウンで暮らしている

99 Luftballons

邦題は「ロックバルーンは99」とつけられているのですが、個人的に「?」なので原題のまま。

ネーナという西ドイツの女性ボーカルのバンドで「99 Luftballons」は1983年の歌です。世界的に大ヒットしました。
「Luft」はドイツ語で「風」だそうです。ルフトハンザ航空のルフトですね。「ballons」は英語のバルーンに近いのでしょうが、ドイツ語では「Luftballon」で「風船」の意味。従い題名を直訳すると「99個の風船」。

当時はまだ東西冷戦の最中で、東ドイツと西ドイツが存在している時代。国境線を挟んだ緊張状態に色々な思惑が絡み合うと、つまらないことで戦争がはじまってしまう。曲だけ聴くと軽快なロックナンバーですが、強烈なメッセージソングです。

っていっても私、ドイツ語わかりません(笑)。困ったなと思っていたら、英訳を見つけましたのでそれを日本語に訳します。You Tube動画はドイツ語です。




99 Luftballons (Nena)

Have you some time for me
Then I'll sing a song for you
About 99 balloons
On their way to the horizon
If you're perhaps thinking about me right now
Then I'll sing a song for you
About 99 balloons
And that such a thing comes from such a thing

すこし時間をくれるかしら
歌を歌ってあげるから
地平線へと飛んでいた
99コの風船の歌
私に興味がわいたなら
あなたに歌ってあげるから
99コの風船の歌
バカなことはバカなことから生まれるって話

99 balloons
On their way to the horizon
People think they're UFO's from space
So a general sent up
A fighter squadron after them
Sound the alarm if it's so
But there on the horizon were
Only 99 balloons

99コの風船が
地平線へと飛んでいたの
人々は思った 宇宙から来たUFOだと
そこで将軍は戦闘機部隊を飛ばして
その後を追わせたわ
もしそうだったら警告音が鳴るはずだけど
地平線にあったものは
99コのただの風船

99 fighter jets
Each one's a great warrior
Thought they were Captain Kirk
Then came a lot of fireworks
The neighbors didn't understand anything
And felt like they were being provoked
So they shot at the horizon
At 99 balloons

99のジェット戦闘機
彼らはみな勇敢な戦士
自分はキャプテン・カークと思ってる
暴発して花火みたいに弾を撃ったわ
隣国は何が何だかわからないけど
挑発されたと感じたのね
そして地平線へ向けて撃ったのよ
99コの風船に向けて

99 war ministers
Matches and gasoline canisters
They thought they were clever people
Already smelled a nice bounty
Called for war and wanted power
Man, who would've thought
That things would someday go so far
Because of 99 balloons

99人の国防大臣
みなマッチとガソリンを詰めた円筒弾みたい
自分は頭がいいと思ってる
いつも補助金のありかをかぎまわり
戦争を起こして権力を握りたがってる
そんなことを考えてる人は
いつか暴走してしまうもの
99コの風船がきっかけでも

99 years of war
Left no room for victors
There are no more war ministers
Nor any jet fighters
Today I'm making my rounds
See the world lying in ruins
I found a balloon
Think of you and let it fly (away)

99年間も続く戦争で
勝者たちの土地すらなくなった
国防大臣たちはもういない
戦闘機もすっかりなくなった
今日はひと巡りしているところ
廃墟になった世界を眺めてる
風船をひとつ見つけたわ
あなたのことを思って飛ばしてあげる

ルカ

というワケで、まずはこれから、スザンヌ・ベガの『ルカ』(1987)。

親子間DV、児童虐待を歌っています。「ほんとにオマエは何てダメな子なんだろうね!」と言われながらいつも繰り返し叩かれている子が心を閉ざしてゆく姿が描かれています。




Luka (Suzanne Vega)

My name is Luka
I live on the second floor
I live upstairs from you
Yes I think you've seen me before

僕の名はルカ
2階に住んでいるんだ
きみの上の階だよ
前に会ったことあるよね

If you hear something late at night
Some kind of trouble. some kind of fight
Just don't ask me what it was
Just don't ask me what it was
Just don't ask me what it was

ぼくの部屋から夜遅くに
もめ事や殴るような音が聴こえても
なんでもないから気にしないで
「なにがあったの?」なんて聞かないで
おねがいだから、何も聞かないで

I think it's because I'm clumsy
I try not to talk too loud
Maybe it's because I'm crazy
I try not to act too proud

ぼくがダメな子だからいけないんだ
大きな声を出さないようにしなきゃ
たぶんぼくっておかしな子なんだ
ひっそりとしていないとね

They only hit until you cry
After that you don't ask why
You just don't argue anymore
You just don't argue anymore
You just don't argue anymore

パパやママに泣くまでぶたれるときは
わけなんて聞いちゃダメだよ
口ごたえしたってどうしようもないんだ
口ごたえしたってよけいひどくなるだけ
口ごたえなんてしないほうがいい

Yes I think I'm okay
I walked into the door again
Well, if you ask that's what I'll say
And it's not your business anyway
I guess I'd like to be alone
With nothing broken, nothing thrown
Just don't ask me how I am
Just don't ask me how I am
Just don't ask me how I am

「ぼくはダイジョウブさ
またうっかりドアにぶつかっちゃった」
たずねられてもそう答えることにしてる
きみには関係ないことだからってね
ひとりになりたいな
何もこわされたりしないし、何も投げつけられたりしないもの
具合はどう?なんて聞かないで
そっとしておいてほしいんだ
お願いだから何も聞かないで

激しい雨が降る

今朝はすごい雨でしたね。まさにバケツをひっくり返したような落ちて来方でした。夜もまた強まっています。

タイトルを見て「やっぱそうきましたか」とおわかりの方はさすが(笑)。この時節柄にしてこの雨、この歌ですよね。核軍備への警鐘が込められているという、ボブ・ディランの「激しい雨が降る」。

ディランの難解な詞を読み解くシリーズ。1番だけですが、果敢に挑みます。直訳と解釈の二段階。

まずは直訳から:

『A Hard Rain's Gonna Fall』 (Bob Dylan)

Oh, where have you been, my blue-eyed son ?
どこへ行ってたの?青い目のぼうや
And where have you been my darling young one ?
どこへ行ってたの?かわいいぼうや
I've stumbled on the side of twelve misty mountains※1
「12の霧煙る山のそばをよろめき歩いたよ
I've walked and I've crawled on six crooked highways※2
 6つの曲がったハイウエイを歩いたり這ったりしたよ
I've stepped in the middle of seven sad forests
 7つの悲しい森の中に入っていったよ
I've been out in front of a dozen dead oceans
 1ダースの死んだ海の前に出たよ
I've been ten thousand miles in the mouth of a graveyard
 1万マイル来たらそこは墓場の入り口だったよ
And it's a hard, it's a hard, it's a hard, and it's a hard
It's a hard rain's a-gonna fall.※3
 そして降りそうなんだ
 激しい、激しい、激しい、激しい雨が 」


さて次に、※123について説明:

※1「stumble」は通常「つまずき歩く」の意味だが、「ひょんなことで出会う・わかる」という意味もある。
※2「crook」は通常「曲がる」の意味だが、「嘘つき」の意味もある。
※3「It's a hard rain's a-gonna fall」は、
「It's a hard rain」+「Hard rain is going to fall」かと思っていましたが、
「It's a hard rain what is going to fall」ともとれるかもしれないと気づきました。


最後に上記を踏まえて、詞の解釈:


『激しい雨が降る』 (ボブ・ディラン)

どこへ行ってたの?青い目のぼうや
 (憂鬱な目をして、どうしたの?ぼうや)
どこへ行ってたの?かわいいぼうや
 (いやなことがあったの?かわいいぼうや)
「12の霧煙る山のそばをよろめき歩いたよ
  (たくさんの怪しいことに気づいたんだ)
 6つの曲がったハイウエイを歩いたり這ったりしたよ
  (嘘つきたちの言っていることを読み解いたんだ)
 7つの悲しい森の中に入っていったよ
  (悲しみのなかに迷い込んじゃった)
 1ダースの死んだ海の前に出たよ
  (涙で景色が濡れて見えるよ)
 1万マイル来たらそこは墓場の入り口だったよ
  (挙句の果てにわかったんだ やつらは人を殺す気だ)
 そして降りそうなんだ
 激しい、激しい、激しい、激しい雨が
  (落ちてくるよ
   残忍な、残忍な、残忍な、残忍な爆弾が)
 」

スピッツ 『空も飛べるはず』 解釈

前々稿をご参照ください。

スピッツ90年代の作品は、インディーズ時代とその本質は変化していなかったのではないか? テーマは「死への恐怖とその闇の空白を埋めるためのセックス」だったのではないか・・・という仮定のもとに、初期ヒット曲『空も飛べるはず』の解釈をしてみました。

尚、この曲には原曲があり、タイトルは『めざめ』となっていて一部歌詞が違います。同じイメージをどのような言葉で置き換えているか、興味深いです。

『空も飛べるはず』

幼い微熱を下げられないまま 神様の影を恐れて
小さい頃の恐怖体験を忘れられず、死の影がちらつくのを恐れていた。

隠したナイフが似合わない僕を おどけた歌でなぐさめた
弱々しいくせにズボンの中のアレはいっちょ前。それをお決まりの滑稽な術(自慰行為)で慰めたさ。
(※原曲『めざめ』では「懐かしい歌でなぐさめた」となっている)

色褪せながら ひび割れながら 輝くすべを求めて
人は次第に色褪せ、パチンと割れるように死んじゃうんだ。とても怖いよ。生きる力が欲しいんだ。

君と出合った奇跡が この胸にあふれてる
きっと今は自由に空も飛べるはず

君と出会って はじめは切なさで胸がいっぱいだったけど
今は抱き合って空を飛ぶようなエクスタシーを感じよう
(※原曲『めざめ』の中では、「君と出会えた痛みが この胸にあふれてる」となっている)

夢を濡らした涙が 海原へ流れたら
ずっとそばで笑っていてほしい

前は夢精して洩らしちまってたモノを、今は君の中にそそぐから
そしたら僕を抱いてずっと笑っていてね。

切り札にしてた見えすいた嘘は 満月の夜にやぶいた
「そんな気はないよ」なんて、見えすいた嘘。満月の夜、僕は獣になる。

はかなく揺れる 髪のにおいで 深い眠りから覚めて
ほのかに香る君の匂いに、僕の生命力は目覚めたんだ。

君と出合った奇跡が この胸にあふれてる
きっと今は自由に空も飛べるはず


ゴミできらめく世界が 僕たちを拒んでも
ずっとそばで笑っていてほしい

服を着て日々の暮らしに戻れば そこはクソッタレの世界
僕たちが世の中とうまくやってゆけなかったとしても ずっと寄り添って笑っていてね
(※原曲『めざめ』では、「やがて着替えた季節が 僕たちを包んだら」となっている)

君と出合った奇跡が この胸にあふれてる
きっと今は自由に空も飛べるはず
夢を濡らした涙が 海原へ流れたら
ずっとそばで笑っていてほしい



関連記事
・ スピッツの世界観
・ 
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以上、スピッツ関連はとりあえずここまで(笑)。

スピッツ 『楓』 解釈

前稿をご参照ください。

スピッツ90年代の作品は、インディーズ時代とその本質は変化していなかったのではないか? テーマは「死への恐怖とその闇の空白を埋めるためのセックス」だったのではないか・・・という仮定のもとに、名曲『楓』を読み解いてみました。

この曲は卒業式ソングとしても歌われ、多くの人々の心に大切な日々とともに光っているもの。
また、離別あるいは死別した恋人との思い出を胸に明日へ向かう人々の心に響くもの。
そして、文学的にも哲学的にも、さまざまの解釈がなされている素晴らしい楽曲です。

大変申し訳なく思います。もしお気を悪くされたなら、どうぞとるに足らないブログと見捨ててください。ひとつの仮定のもとに、これも成立するのではないかと考えました。どうぞご容赦ください。

『楓』

忘れはしないよ 時が流れても いたずらなやりとりや
心のトゲさえも 君が笑えばもう 小さく丸くなっていたこと

時が経っても忘れないよ。きみと抱き合ったときのことをね。
死への恐怖さえ きみが感じる姿を見ると自然に薄らいでいったよ。

かわるがわるのぞいた穴から 何を見てたかなぁ?
一人きりじゃ叶えられない 夢もあったけれど

色んな女のアソコに入れまくったが、ボクは何を考えていたんだろうな?
ただ死の恐怖を克服することだけは、女なしではできなかった。

さよなら 君の声を 抱いて歩いていく
ああ 僕のままで どこまで届くだろう

さよなら きみの吐息や喘ぎを 抱いて進んでゆくよ。
ボクはだらしのない男さ。こんなんでどこまで行けるんだろうな。

探していたのさ 君と会う日まで 今じゃ懐かしい言葉
ガラスの向こうには 水玉の雲が 散らかっていた あの日まで

死を恐れていた日々が懐かしいくらいさ。きみと抱き合うことで初めてそれに打ち勝つ術を知った。
すりガラスのビー玉で遊んでいたガキの時代を卒業できたんだ。
(※子供の頃ビー玉で遊ぶのが好きで、とりわけすりガラスのビー玉が好きだったという草野氏談がある)

風が吹いて飛ばされそうな 軽いタマシイで
他人と同じような幸せを 信じていたのに

風が吹けば飛んじまうように軽薄。それがボクの本質。
でも人並みの幸せは、望んじゃいたんだが。
(※「タマシイ」という言葉はより本質を表すものとして使っているという意の草野氏談がある)

これから 傷ついたり 誰か 傷つけても
ああ 僕のままで どこまで届くだろう

この先もきっと、誰かにフラれたりフッたりしてゆくんだろう。
何て薄っぺらな男なのかな。こんなんでどこまで行けるんだろう。

瞬きするほど長い季節が来て
呼び合う名前がこだまし始める 聴こえる?

新しい女と出会って、また抱き合うんだ。
互いに名前を呼び合う、恍惚の時間を欲している。それがボクなんだ。わかってくれるかい?

さよなら 君の声を 抱いて歩いていく
ああ 僕のままで どこまで届くだろう
ああ 君の声を 抱いて歩いていく
ああ 僕のままで どこまで届くだろう
ああ 君の声を・・・



関連記事
・ スピッツの世界観
・ 空も飛べるはず
(↑クリックするとそのエントリーに飛びます)

スピッツの世界観

すいません、将棋関係者のみなさま本稿含め3エントリー、無視してください。はからずも、ちょっとアブナイ記事になってしまいます。良い子のみなさんも、読まないでねー。

さて。

妙典祭りの日程が、11月2日(日)に決定しました。妙典祭りは、野外イベント。ダンス・音楽のステージがメインのお祭りで、サンデーサティーズは今年も出演します。

今年は、スピッツをやります。スケットをお願いするピアニストの方がスピッツ大好きなので、もぅ問答無用で今回はスピッツ。
そこで、スピッツの歌のバックグラウンドについて少し調べてみました。これまでヒット曲を幾つか浅く知っているくらいだったので。

で、あらららららららら・・・と。
何と、そういった世界観でしたか。。。

スピッツは、インディーズ時代はパンクをやってたんですよね。それくらいは知っていたのですが。
「俺が歌を作るテーマは『セックスと死』だけなんです」(草野マサムネ)
ですって。

かなり昔のインタビューだと思いますので現在はわからないのですが、確かにインディーズ時代の曲を幾つか聴いてみたところ、かなり直接的にセックスを連想させるような言葉が詰め込まれています。

草野さんは幼少の頃、たてつづけに父方と母方のおじいさんが亡くなった時期があったそうです。あんなに元気だった人がもう動かないという、その恐怖が意識に刷り込まれ抜けなくなってしまった。
それは青年期まで続くのですが、やがてセックスを知り、それによって死の恐怖という大きな空白を埋めることができたのだそうです。

よって、色んな言葉を手を変え品を変えしたとしても、彼の詞の根底には「死と性」「デス&セックス」がテーマとしてあると

95年のシングル。「ロビンソン」と一緒に「俺のすべて」という曲がおさめられています。草野氏はこちらのほうが好きだったといいます(というか、ロビンソンがなぜ売れるのかわからないと)。その歌詞の一節:

『オレの前世は たぶんサギ師かまじない師
 たぐり寄せれば いつも似たような顔ばかり』

つまり、「おまじないでごまかしちゃいるが、オレはいつも死とセックスしか歌ってねーんだよ。そこんとこヨロシク」って歌なんですが、こちらのほうがメジャーシーンで受け入れられたならば、草野氏もハッピーだったかもしれない。
「オッケー、詞はエロでもテロでもかまわねーからサイコーのロックを頼むぜぃ!」
というようなコンセンサスがファンとの間の原点であったならば。

ところが、売れたのはロビンソン。爽やかでポップなイメージで新たなファンを大量に抱え込んでしまった。(ロビンソンもセックスの歌ですけどね)

さて、現在はどうなのかはわかりません。が、少なくともデビューして数年、90年代の歌については、そうそうすぐに大衆歌謡向けのテーマに軌道修正したとは考えにくい。言葉を丸くしたとしても、歌のテーマは変わっていなかったのではないか。

もし、スピッツ初期のヒット曲がインディーズ時代と同様、シンプルに「デス&セックス」だったとしたら、歌の解釈はどうなるのか・・・

2曲で、試みてみました。別の稿にて展開します:

・ 
・ 空も飛べるはず
(↑クリックするとそのエントリーに飛びます)

ボブ・ディラン 『廃墟の街』

週刊朝日の表紙に泉谷しげるさんと浦沢直樹さんのボブ・ディラン対談の見出しを見つけ、もしやと手にとって中を見たら・・・やはり。GSGはるみパパさんのコーナーですね。楽しく読ませていただきました。
ボブ・ディラン、現在来日中ですね。71歳とは思えぬパワーでツアーを敢行しています。

これはスルーできないので(笑)、私も何か書きます。
対談で話題になっていた、音楽雑誌「ローリング・ストーン」誌の「グレイテスト・ソング500」で第1位に選ばれた『ライク・ア・ローリング・ストーン』。
泉谷さんは「他人の悪口を言っているだけ」なんて、言ってますね(笑)。

これを時代を超えた名曲たらしめているのは、この曲がおさめられれいるアルバムの存在も大きいと思います。それは、ロック史上最高峰に挙げられる名盤『追憶のハイウェイ61』(1965年)。
『ライク・ア・ローリング・ストーン』がオープニングを飾りますが、アルバムのエンディング曲『廃墟の街』がコアのファンを唸らせる、示唆に富んだ名曲。歌詞は10番まであり、次から次へと謎めいた風景が描かれ、キーワード「廃墟の街」で括られます。

冒頭、1番の歌詞。ハラ流の解釈で(以下すべて)わかりやすく意訳します:

『首吊りの絵はがきを売る奴ら
 パスポートを茶色に塗る奴ら
 美容院は水夫で溢れている
 街にはサーカスの連中
 盲目の総督がやって来たが
 奴らに恍惚に落とされた
 片手は綱渡り芸人とつながれ
 片手は自分のパンツの中
 機動隊は落ち着かない
 どこへ行ったらいいのか
 婦人と私は今宵 それを見ている
 廃墟の街から 』

危険なゲームの中で、判断力を失った指導者に行き場をゆだねられた人々の様子を、「私」は「廃墟の街」から見ています。

続いて2番:

『シンデレラは尻軽女
 「人を知るには人が必要ね」と笑い
 ベティ・デイビスのように両手を後ろのポケットに入れる
 ロメオがやってきて愚痴をこぼす
 「僕だけの君だと思っていたのに」
 誰かが言う「オマエのくるところじゃねぇ。行っちまいな」
 そして救急車が立ち去った後に残るのは
 シンデレラが掃いている音だけ
 廃墟の街を  』

この「廃墟の街」とは何なのか・・・半世紀にわたり多くの評論家たちが説いたことでしょう。この機会をお借りしまして(笑)、ハラも果敢に読み解いてみたいと思います。

5番は、聴き手の時間感覚を狂わせる:

『アインシュタインはロビンフッドに変装し
 記憶をトランクに詰め込んでいる
 嫉妬深い修道僧の友人といっしょに
 この道を1時間前に過ぎていった
 タバコをたかるときに
 まったくもって恐ろしく見えた
 そして彼は立ち去った
 排水管のにおいをかぎながら
 アルファベットを唱えながら
 そんな彼を見たいとは思わないだろうけど
 彼はずっと昔、電子バイオリン弾きで有名だったんだ
 廃墟の街で  』

ひゃ〜、カンベンしてぇ〜!
電子バイオリン弾きは・・・明快な理論を説くことが出来る人のたとえでしょうか。そんなアインシュタインが、血相を変えて自分の過去を封印しなければならないようになってしまったということか・・・
彼が立ち去ることになった廃墟の街って何だろう?

おっ、8番にヒントらしきものが:

『真夜中になり エージェントと超人たちの一団がやってきた
 自分たちがすることを見抜いている人々すべてを狩り
 工場送りにして心臓を打撃する機械を肩から装着する
 保険会社の連中は灯油を城から運び出す
 彼らは見張っている 誰も逃げ出さないように
 廃墟の街へと  』 

保険会社が行かれちゃ困る場所といえば、「死後の世界」?なんて短絡的な答えではないはずなんだけど、だんだん近づいてきたかな。
まてよ、スパイと超人たちが「やってきた」のは、どこなのか。それは、「廃墟の街」じゃないかな。つまり、超人(無垢の人々を操ろうとする者らしい)とその代理人によって捕まった人々(超人の正体を知っている)は、廃墟の街にいたのでしょう。

10番、エンディング:

『昨日、君からの手紙を受け取ったよ
 そのときにドアノブが壊れちゃった
 いかがお過ごし?なんて君は聞いて
 何か冗談のつもりかい
 君が言うすべての人々のことを
 私は知っているさ 彼らはとても不自由だ
 彼らの顔を並べ替えなくては
 そして彼らすべてに別の名前を与えなくては
 忙しくてよく読めやしないから
 もういっさい私に手紙は出さないでくれ
 ただしあそこから出すのなら別だけど
 廃墟の街から  』

重要なブロックですね。
「私」は、「彼ら」を誰かからわからなくするための作業に追われています。そして、忙しくて君にかまってられないと。ただし、「廃墟の街からの話なら相手をするよ」と言っています。「彼ら」というのも、きっと「廃墟の街」の人々なのではないかと思います。

これらから導き出されるのは、

たとえば戦争が終わり焼け野原となって、はじめてあの戦争が何だったかよく見えるように・・・
たとえばバブルがはじけて宴の後となって、はじめてあの景気が何だったかよく見えるように・・・
たとえば死の淵にたち余命わずかとなって、はじめて本当に大切なことが何かよく見えるように・・・

雑念や欲望、環境、教え込まれたもの、そういった自分を縛るものすべてが取り払われた「無」の境地・・・そこは物事がとてもよく見える立ち位置。つまり為政者たちにとり都合の悪い場所、「廃墟の街」。


『ライク・ア・ローリング・ストーン』は、高い地位に居る人間を引きずり下ろしてコケにする歌。痛快で大衆にわかりやすいですが、確かに泉谷さんの言うように、これ単体では詞の内容は薄い。サウンドとか(と一言では言えないんだけど)、尺とか(当時5分超えはありえねー)、色んな意味で革命的であったという歴史的意味において「なんとかの戦い」的なポジションを得ている楽曲ではあるのだが。

『追憶のハイウェイ61』の中で・・・つまりそれまでのディランの軌跡の中では、『ライク・ア・ローリング・ストーン』は「為政者の好きにはさせないよ。世の中のカラクリを暴いてゆくよ」という彼の立ち位置を明確にした華々しいオープニング曲。
そして『廃墟の街』こそが、そんな『ライク・ア・ローリング・ストーン』に深みを与える重要な楽曲です。


なんちゃって。
私の知る限り、上記のような説を展開した学者や音楽評論家は居ません。私の勝手な思い込みですので、たぶん違うでしょう(笑)。長文に最後までお付き合いいただいた方にはスイマセン。少しでもオモシロかったなら幸いです。

小田和正 クリスマスの約束 吉田拓郎と夢のコラボ

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オフコース・小田和正 に参加中!
検索からでしょうか、25日の記事にたくさんアクセスをいただいています。少ししか触れていなくて申し訳ないので、今日はもっと語ります。

冒頭に小田さんがthe flagを歌って(拓郎さんにつなげるために時代の歌にしたのでしょう)、そこからいきなり30分近くまるまる拓郎さんコーナーでした。私などは大喜びですが、クリスマスに聴きたいようなバラードやポップスを美しい声のゲストアーティストが歌うのがこの番組のイメージ。視聴者の反応はどうだったでしょうか(笑)。

しかもいきなり「落陽」。小田さんと拓郎さんが向き合って、ギブソンのギターでストロークを弾きまくる。シンプルだけどカッコいい。もぅ、番組イメージとかブン投げちゃってて圧巻。拓郎さんステージは久しぶりですが、声がスゴイ。MCの声はガラガラで「ちょっと負担がきたのかな」と思わせましたが、歌はそこが魅力の人なので素晴らしいです。

二曲目は二人座って「リンゴ」。拓郎さんはギターをYamahaに持ち替え。この曲をやるときはYamahaを使っている気がする。伝説の日本武道館弾き語りもそうでした。
オンステージ「ともだち」のMC、「ギターをヤマハからギブソンに替えまして、金が・・・ヒーヒーいっておりますが」が想いだされます。今日はギブソンからヤマハ。ふふっとマニュアックな楽しみ。
小田さんはマーチンで、拓郎さんのストロークにスリーフィンガーアルペジオを重ねる。コード循環の中で恍惚に浸る客席。

小田さんのMC。よく話しをされている、かけ出しのころにギターの替え弦がなくて拓郎さんにもらった話、今回もやりましたね。拓郎さんは「全然記憶にない」ですって。

三曲目は小田さんのカウントとハーモニカで始まる「今日までそして明日から」。小田さんはハーモニカ吹き慣れていないのでちょっと硬いんですが、それがまたよかったですね(笑)。これがやりたかったんだろうなぁ〜というのが伝わってきます。
バンド演奏で軽快な曲に仕上がっていますが、オリジナルはギター弾き語り。全国のギター少年たちが、この曲でベースピッキングとハンマリングを練習しました。

四曲目は「人生を語らず」。小田さんが好きな曲。「風のようにうたが流れていた」の第7話でも歌っています。小田さんが歌ったのは、3番。

『あの人のための自分などと言わず
 あの人のために去り行くことだ
 空を飛ぶことよりも 地をはうために
 口を閉ざすんだ 臆病者として
 越えて行け そこを 越えて行け それを
 今はまだ 人生を 人生を語らず  』

メディア嫌いだったころの小田さんの気持ちを現わしているようにも見えるし・・・
そう、オフコース時代の相棒、鈴木康博さんが自分とオフコースに対してこうだったんではないか・・・という思いがこめられているようにも感じられます。

拓郎さんは大きな拍手に送られて去ってゆきました。やっぱりスーパースターですね。

写真は何年か前に撮った写真。今日のブログのために撮りに行ったワケではありません(笑)。青山にある、小田和正さんのアンテナショップ「Far East Cafe」。小田さんに関する資料がたくさん置いてあり、コーヒーなど飲みながらそれを読むことができます。ちなみに看板はFAR EAST CLUBとなっていますが、これは小田さんの事務所の名称「FAR EAST CLUB INC.(螢侫 次Εぁ璽好函Εラブ)」です。

FarEastCafe

クリスマスの約束 小田和正X吉田拓郎 世紀の共演

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オフコース・小田和正 に参加中!
久しぶりに音楽番組を前にしてワクワクしています。
よく実現したものです。TBSスタッフの方に最大級の賛辞を贈ります。
小田さんと拓郎さんが並んで歌うんでしょうか。いやぁ、スゴイです。

と、それはひとまず置いて。

GSCのみなさんへ私からクリスマスの約束。後期の大会に継続参加している子に、昇段・昇給の設定を行いました。級位者のみなさんには、28日(土)に来てくれたら認定証を渡します。
有段者は、道場での段位と同じとご了解ください。
級位者は、昇級の子も据え置きにした子もあり、28日(土)に来られない子も居ると思いますので、これから保護者の方に個別にメールでお伝えしてゆきます。

年明け2月2日(日)に行われる小学生名人戦には、これからお伝えする級の参加クラスにエントリーしてください。
最近はじめたばかりで大会に参加していない子は級の設定を行っていませんが、一般戦Cクラス(7級以下)でエントリーいただけますようお願いします。

話は戻りますが・・・

中学時代に深夜放送のオールナイトニッポンを聴いていた頃(1980年代はじめ)を懐かしく思い出します。
拓郎さんが月曜日にパーソナリティをつとめていたその番組に、小田さんが何度か出演されたのを記憶しています。この時期、小田さんはメディアからの出演依頼をことごとく断っていましたので、ナマの声が聴けるとても貴重な機会でした。

拓郎さんが番組を止めることが決まった時に、オフコースファンの女性たちから「やめないでくださいっ!」と悲鳴があがった。その理由が、
「オフコースが出る番組がなくなる」
・・・拓郎さん、ガハハハと大笑いでした。オレのファンは野郎ばっかというのが可笑しかったんでしょうね。

さて、メールをはじめましょう。番組終わったら、また何か追記するかもしれません(笑)。


マイセン生ビール写真は、喫茶マイセンの生ビール。


(追記)
12月27日に別記事で「クリスマスの約束」について投稿しました。
小田和正 クリスマスの約束 吉田拓郎と夢のコラボ
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千葉県市川市の行徳将棋クラブを運営している原伸一です。ブログの更新情報をお届けしてゆきます。
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(原 伸一)

1967年生。千葉県市川市の南部、行徳・妙典でアコースティックライブの主催等の活動を行っています。また、行徳公民館で小中学生の将棋教室を開いています。

ライブ情報は以下サイトにて。

http://gyotoku.livedoor.biz
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喫茶「マイセン」(フォーク好きの集まり・例会です): 行徳駅より徒歩0分。改札を背にすぐ左、山下書店の2F。Tel:047-357-4039
会費500円+ドリンク代450円〜 

市川妙典SATY(路上ライブ): 妙典駅より徒歩3分。無料。お店の詳細は以下をクリックしてご覧ください。
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GSG(Gyotoku Shogi Girls)は、行徳将棋クラブの女子のこと。音楽も大好きで、2013年女子アマ団体戦で歌を歌ってベストパフォーマンス賞をいただきました。
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