Hara Blog

千葉県市川市の行徳で弾き語り活動を行っている、フォークシンガー原の日記です。公認将棋指導員として、子供たちの将棋の話題なども。

地域コミュニティー

正義なのか思い上がりなのか?

米大統領選、少し視点を移しますが今回、大手メディアと並びSNSの選挙への関与の是非が問題になっています。とりわけ、トランプ支持者たちの大きなグループを閉鎖したというフェイスブック。バイデンを有利に導くような各方面への資金提供も行っているとのこと。
  
民主党政権が誕生してフェイスブックに何のいいことがあるのかな?と、ふと考えてみて。一時期話題になっていた仮想通貨「リブラ」のことを思い出しました。
 
現金と同じようにしてフェイスブックのマーケットプレイスで買い物ができるとか、国境が関係なくフェイスブックアカウントで送ったり受け取ったりできるとか。
つまり、LINEにおけるLINE-Payのようなことが、銀行口座登録も必要なくフェイスブック単独で仮想通貨リブラを使ってできる。国内だけでなく世界中と。出稼ぎの外国人労働者などは円をリブラに替えて本国の家族へ一瞬で送れる。貧しい国の銀行口座など持てない人々も、フェイスブックアカウントが銀行口座代わりになる。サービスが充実してくれば、生活に必要なものはたいがいフェイスブック上で買えるようになる。通貨価値もビッドコインのように不安定ではない。フェイスブック社の莫大な資産が背景にあるので基軸通貨並みの安定性がある。
 
「仮想通貨ってゆうかそれ、通貨じゃねぇか!」
という訳で、各国の通貨当局を震撼させた。で、導入は思うように進んでいないようです。
 
あくまで想像です。個人的な想像ですが「民主党政権になったら前に進めるよ」という裏の話でもあれば、SNS各社が前のめりになる動機にはなるだろう。ただ、感覚的にはGoogleやFBが国境を越えた帝国になる気がする。で、既存の「国」なるものが持つ通貨発行権は力を弱め「国」の存在意義は弱まってゆく。
 
「いや、よきモノなんですよ」と、導入派は言うだろう。貧困者を救える可能性がある。例えば貧しい国の自治体が「我が村はこのようなところです。水が足りずに困っています。井戸を掘る資金を集めたいのです」とメッセージとともに村の紹介コンテンツを掲載して、世界中からリブラの投げ銭が集まってくるとか。これまでのような国同士の国際協力の面倒なプロセス一切必要なし。
そのような利点は、確かにあるのだろう。
 
「新しい世界の構想を言っても大多数の人々には現実と思えないだろうから、まずは有識者と財界人のネットワークで政権をとっちまおう。それが人々のためなんだ」
もし仮にそんな感じだったとするならば、それは正義だろうか?思い上がりだろうか?
 
確かなことは、法を犯せば正義ではない。しかし、理想のためにそうすることが必要で勝ち切れば、歴史はその行為を正義に塗り替える。覚悟を決めてやっているのなら、戦争はとっくに始まっている。
 

アメリカ合衆国がソ連になる日

最悪の事態を想定。もちろんそうならないことを願います。
 
米大統領選、肌感覚ですが30〜40年ほど前の出来事と似た空気を感じます。旧ソ連時代、テレビや新聞は政府側に都合の悪い情報は流さなかった。いっぽう人々は禁じられた地下出版やカセットテープで外国の情報や音楽を得ていました。どんなに摘発しても抑え込むことはできない。
その状況は現在の大手メディアとインターネットの関係に似ている。一見違うのは大統領支持派にネット発信者が多い点だが「真の権力者は大統領なのか?」と問われたら、それも怪しい。
 
「似た空気」というのは、ブレイクポイント。大きな破裂が発生するときの空気。
危ういものを感じます。旧ソ連の場合は、日本の人々はほぼ影響を受けなかった。受けたのは私のような(当時)同国との貿易に携わっていたごく僅かな人のみ。しかし米国であれが起きたらそうはいかない。
 
ペレストロイカとグラスノスチでソ連に何が起きたかというと、各共和国に一気に独立の機運が高まりました。自分たちは好きでソ連に従っている訳ではない。
 
米大統領選ですが、トランプ陣営が訴えている選挙不正について最高裁や州議会がその違憲性あるいは検証の必要性を認める場合に、大統領を下院で選出する方式へ移行しトランプ勝利の可能性があります。そうなればまずは全国で暴動が起きるでしょう。
暴動で済むかどうかです。特に伝統的に民主党が強い州、不正など無縁でクリーンな選挙でバイデンを選出し喜んでいる人々が、納得しますかね?「そんな合衆国ならサヨナラ」とかならないか。あるいはバイデン支持の州で新政権を発足させ「我々が正当なアメリカ合衆国だ」など言い出すとか。で、内戦とか。
 
菅総理がいちはやくバイデンへ祝辞を送りましたが、トランプに決まった場合には悪手だったことになります。当面はニュートラルにしておかなければならなかった。
 
最後にブラックジョークですが、トランプとロシア初代大統領のエリツィンが似てるんですよね〜 それも当時と空気が似ていると感じさせられる一因かもしれません。
 
エリツィントランプと

第三次世界大戦の懸念 米大統領選

米大統領選、ジョージアが鍵という予測はハズれ戦線拡大されて、もはや第三次世界大戦に発展する危険すらあると懸念しています。しかも国同士ではない、これまでとは形の違う戦争。
 
真実が人々を幸せにするとは限らない…は、気になるところです。
あくまで仮にですが、共和党サイドにトランプ降ろしに加担した人々があったとして、別に社会主義に魂を売ったとかではなく、保守の政策を維持してゆくためにも「トランプおじさんだけは困る」という訳で大統領はバイデンに譲り議会を共和党が押さえることで当面はバランスが保てると考えたかもしれない。
 
トランプ弁護団が出してくるという証拠が事実ならば、今回の米国の選挙だけで済まず過去の世界中の選挙に飛び火し欧米寄りの国々は混乱に陥る。それこそ反対側陣営の国々にとり都合がいい。
確かに不正があるなら暴かれるべきだが、それが多くの人々を不幸に陥れるなら普通はそこまではやらない…とここまで書いて苦笑してしまった。人の事は言えない。
 
すみません、何が真実で嘘なのかサッパリわからないので、抽象的な書き方にしました。
本件についてはどこかの記事のリンクを貼るのは控えます。また80年代洋楽を和訳した5年前(2015年9月2日)の自分の投稿。「証拠」にドイツが絡んできているらしいのでドイツのバンドの曲を。


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「99 Luftballons」

邦題は「ロックバルーンは99」とつけられているのですが、個人的に「?」なので原題のまま。

ネーナという西ドイツの女性ボーカルのバンドで「99 Luftballons」は1983年の歌です。世界的に大ヒットしました。
「Luft」はドイツ語で「風」だそうです。ルフトハンザ航空のルフトですね。「ballons」は英語のバルーンに近いのでしょうが、ドイツ語では「Luftballon」で「風船」の意味。従い題名を直訳すると「99個の風船」。

当時はまだ東西冷戦の最中で、東ドイツと西ドイツが存在している時代。国境線を挟んだ緊張状態に色々な思惑が絡み合うと、つまらないことで戦争がはじまってしまう。曲だけ聴くと軽快なロックナンバーですが、強烈なメッセージソングです。

っていっても私、ドイツ語わかりません(笑)。困ったなと思っていたら、英訳を見つけましたのでそれを日本語に訳します。You Tube動画はドイツ語です。



99 Luftballons (Nena)

Have you some time for me
Then I'll sing a song for you
About 99 balloons
On their way to the horizon
If you're perhaps thinking about me right now
Then I'll sing a song for you
About 99 balloons
And that such a thing comes from such a thing

すこし時間をくれるかしら
歌を歌ってあげるから
地平線へと飛んでいた
99コの風船の歌
私に興味がわいたなら
あなたに歌ってあげるから
99コの風船の歌
バカなことはバカなことから生まれるって話

99 balloons
On their way to the horizon
People think they're UFO's from space
So a general sent up
A fighter squadron after them
Sound the alarm if it's so
But there on the horizon were
Only 99 balloons

99コの風船が
地平線へと飛んでいたの
人々は思った 宇宙から来たUFOだと
そこで将軍は戦闘機部隊を飛ばして
その後を追わせたわ
もしそうだったら警告音が鳴るはずだけど
地平線にあったものは
99コのただの風船

99 fighter jets
Each one's a great warrior
Thought they were Captain Kirk
Then came a lot of fireworks
The neighbors didn't understand anything
And felt like they were being provoked
So they shot at the horizon
At 99 balloons

99のジェット戦闘機
彼らはみな勇敢な戦士
自分はキャプテン・カークと思ってる
暴発して花火みたいに弾を撃ったわ
隣国は何が何だかわからないけど
挑発されたと感じたのね
そして地平線へ向けて撃ったのよ
99コの風船に向けて

99 war ministers
Matches and gasoline canisters
They thought they were clever people
Already smelled a nice bounty
Called for war and wanted power
Man, who would've thought
That things would someday go so far
Because of 99 balloons

99人の国防大臣
みなマッチとガソリンを詰めた円筒弾みたい
自分は頭がいいと思ってる
いつも補助金のありかをかぎまわり
戦争を起こして権力を握りたがってる
そんなことを考えてる人は
いつか暴走してしまうもの
99コの風船がきっかけでも

99 years of war
Left no room for victors
There are no more war ministers
Nor any jet fighters
Today I'm making my rounds
See the world lying in ruins
I found a balloon
Think of you and let it fly (away)

99年間も続く戦争で
勝者たちの土地すらなくなった
国防大臣たちはもういない
戦闘機もすっかりなくなった
今日はひと巡りしているところ
廃墟になった世界を眺めてる
風船をひとつ見つけたわ
あなたのことを思って飛ばしてあげる

二人でお酒をLIVE2020

先週の行徳駅前ストリートライブより、梓みちよさんのカバーで「二人でお酒を」。

ストリートライブには突拍子ないかもしれませんが、マイセンライブでよく歌われた曲で、常連だった方が来られていたので演ってみました。手拍子をいただき、楽しい雰囲気になりました。

行徳駅前ストリートライブ コロナと自殺者 急増の中で

東京・神奈川は本日、新型コロナ感染確認数が過去最高を更新。いっぽう夏以降増加傾向にあった自殺者数も10月へきて急増しており、特に女性と子供が顕著とのこと。「子供は社会の鏡」とすれば、人々の心が病んでいることが映し出されています。

先日のストリートライブにご来場くださった方々とお話しさせていただきイベントの考え方について様々ご意見をいただきました。

・「どんな時に感染するか人々はみな知恵をつけている。この距離なら大丈夫」
・「五輪をやるために、リスクをとってイベントをやっていこうという機運にある」
・「インドアのイベントが制限されているので、路上はむしろやってほしい」
・「デイサービスなども頻繁には利用しづらく、高齢者に元気をくれる数少ない場所」

お越しいただいている人々がイベントに前向きなのは当然ですが、GoToに賛否両論渦巻いているように、逆の考えもあるはずです。「油断すればあっという間に医療体制はひっ迫する。ひとりひとりが生きるための必要最低限に行動を制限すべき」も尤も。公のイベントは今はやらないのが必然。政治・行政は自殺者が増えても責任を問われることはないが感染症対策には責任を問われるので。しかし、それだけでいいだろうか?

私自身は、若い世代とシニア・シルバーの世代とで違うと考えます。重症化率が違う。
もちろん十分注視しながらと前置きした上で、若いアーティストたちがこれまで通りにファンたちに呼びかけライブを行うのは大いによいこと。いっぽう自分の世代から上は、各自の自己責任において判断を委ねるという形しかないのではないか。

従い、行徳駅前ストリートライブですが、一緒にやっている若手が「やりたい」という限りは私は粛々と警察署に出向いて許可の手続きを行うスタンスとします。自身については積極的な呼びかけは控え、淡々と自分の楽しみとして行います。

20201115

ラブ・ストーリーは突然にLIVE2020

昨日11月15日(日)は久しぶりに行徳駅前ストリートライブを実施しました。
ライブより、小田和正さんの「ラブ・ストーリーは突然に」です。

米大統領選挙 ジョージア州での再集計が天王山と予測します

集計作業が進められており不正の訴えや捜査などで混沌としている米大統領選ですが、個人的な見解を述べておきたいと思います。

様々な選挙不正に関する供述や疑惑があるようですが、
・実際に無効票が多数存在するのか
・実際に機械が正しく票数を出しているのか
これらは、両陣営の信頼できる立会人の下で票を数えてみるよりほか一般の私たちには何が真実なのか判断のしようがないと考えます。

その観点から「11月20日までにすべての票を手作業で再集計する」というジョージア州の結果に注目しています。もし結果を変えるほどに無効票や数票の差が出るなら他州にも波及するのではないか。逆にほぼ同じ結果ならば、他州も同じだろうというムードになると予測します。

リンクは記事とは関係ありませんが、レイ・チャールズの「我が心のジョージア」。ずいぶん前ですが来日時に中野サンプラザのライブを見に行きました。懐かしく思い出します。

バーチャル将棋は認知症防止になるか?

先日テレビ番組でVR(バーチャルリアリティー)の開発をしている会社の取材をしているのを見て、技術の進歩を益々感じました。コンビニで買い物もできるし、商品を手に取って見ることまでできる。たぶん、将棋を指すことも開発者が現れるかどうかだけで技術的にはできるのでは。

世界中の将棋ファンがアバターで集まるバーチャル将棋道場に入り臨場感たっぷりのリアル感覚で、いやリアルより刺激的に、家に居ながらにして将棋が指せる。そんな時代はそう遠くないだろう。

ひとつ興味あることが、囲碁将棋などのテーブルゲームは認知症防止に効果があると言われています。「人と対面で、頭を使う」がポイントだそう。これ、バーチャルでも同じあるいは近い効果が得られるだろうか?

なぜ気になるかと言えば、度々すみませんが、市川市民将棋大会から子供部門を引き取った経緯。市川市ではシニアの公民館サークルが愛好家たちのご努力で充実しており、参加者のみなさまの年に一度のイベントとして市民大会がある。が、子供の参加費を安くしていることが負担で運営が苦しくなっていた。市民大会ができなくなれば、コミュニティーの衰退につながる。

多くの地元のシニアの方々の健康に寄与している活動の柱が失われるのは、黙して見過ごすにはあまりにも損失が大きすぎる・・・が私の判断要素のひとつであったものの、その項目はいずれテクノロジーが解決してくれた可能性がある。研究機関による実験データなどはまだないと思いますので、現時点で決めつけはできませんが。

このところこれでもかという位に自虐ネタばかりですが、ご心配なく。将棋指しの性癖で「あれは悪手だっただろうか?」とイチイチ検証するのが癖になっているだけです。

行徳方丈記 秋の気配(再掲)

不二家の話題が出たので懐かしく思い出しました。2018年9月21日に書いたショートストーリー「行徳方丈記 秋の気配」を再掲します。

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「あんたの言う通りだったよ」
山坂は溜息をつくと、水出しコーヒーのカップを口へ運んだ。

行徳駅前不二家


長い付き合いだが、山坂が私の店に来ることはめったになかった。行徳駅高架下の2階にある古い喫茶店。最初はこの店と1階の書店しかなかったのだ。時が経ち、パン屋や薬局、立ち食い蕎麦屋などが高架下に並んでいる。山坂はその一角で、不三家ケーキとサーティファーストアイスクリームの加盟店として商売を営んでいた。半年前のある日、どう思うかと相談を受けた。客足が鈍いので綺麗に改装して目を引くようにしたいと言う。
「やめといたら」
こういう場合、下手な気遣いは無用だ。それでは生き残らないと思えば、友人だからこそはっきり言わねばならない。ポイントで値引きがあるとか、客の財布に訴えたほうがよいと私の考えを伝えた。確かに改装すれば目立つかもしれないが同じ場所で商売をやっている者として、千万単位の投資をして元が取れるほど客足が伸びる感覚が持てない。しかし決めている人間に何を言っても仕方がないこともある。山坂は、ついに踏み切ったのだった。
結果はすぐに出た。月々の支払いが大きく、続けても赤字が膨らむだけだ。

「谷内さんの言う通りにしてりゃよかったかな」
ここでの日々を振り返っているのか、遠くなるだろう風景に別れを告げようとしているのか。山坂は窓の外をぼんやり眺めていた。目の前のビルも入れ替わりが激しい。パチンコ屋やスーパーマーケットが出来ては無くなってゆく。久しくとどまりたるためしがないが、とどまっている自分が不思議な存在に時折思えてくる。
「とにかく人件費がよ」
よく聞く店主の嘆きを最後に山坂は口にした。改装代金の支払いがとは言わない。負け惜しみかもしれないが、事実ではある。自分は忙しい時間帯以外はひとりで回すスタイルで店に立ち続けており、何とか大きな病気もせずやって来れている。

山坂が去った後、そこは不三家の直営店となった。人口が多い東京のベッドタウンで「不三家がツブレタ」という評判を立たせたくなかったそうだ。それからさらに何年の月日が流れただろう。

さすがに大手の直営だけあり厳しい環境の中でもよく長く続いたものだ。改札を抜けた正面のパン屋も菓子を扱っているし、不三家の方向には銀座に本店を置くコージコースがある。激戦区と言っていい。ケーキという食品は「この辺りではどこが美味しい」が女性の間で常に話題になり、お祝い事などには「美味しいと言われている」店で買う。逆に美味しいという評判を獲得できるなら、駅前一等地に店を構える必要はない。

その不三家直営店もこの9月でいよいよ閉店となった。同じ家主のメトロによれば、商業施設として貸す予定はないという。貸さないとすればメトロが何かに使うのか。まぁ見ているしかない。同じ並びの内側にはメトロ職員用の宿泊施設がある。他の駅にはないそうで、メトロ職員たちの貴重な基地駅となっている。

「マスター、10月もいつも通りで大丈夫ですかね?」
常連客の源が帰り際に聞いてきた。カレンダーを見る。
「うん、大丈夫だよ」
源はアマチュアのフォクシンガーで、毎月2回、私の店で地元の音楽仲間を集めて昔のフォークソングを演奏する宴を催している。客は少ないことが多いが、年に何度かは必ず盛大な日がある。何でもいい、何かやっていれば不思議なエネルギーがそこに持続し波が立つことがある。何もやらなくなった時に場は廃れてゆく。店も人間も、街も。

外は雨。ひと雨ごとに涼しくなってゆく。暑かった夏が終わる。


※この物語はフィクションであり、登場する人物名や店名は実在しません。
※写真はイメージ画像であり、物語とはあまり関係ありません。

応援しないでください

行徳に居る時間が長いので旧行徳将棋クラブの保護者のお母さんたちと出くわすのですが
「応援しています」
と言われると、危機感を覚えます。社交辞令ならよいのですが、本気で思わないでくださいというお話を。

どうも私が何かに取り組んでいると、それをやろうとがんばっているように見えてしまうらしく、後に災難となりのしかかってくる悪夢のループが付きまとって離れない。

今にして思えば市内小学生大会ができるかどうかで募金将棋活動をしていたときに、私が大会をつくろうと猛進しているような誤った認識を周囲に与えていたのかもしれない。自分の姿がどう見えているかを軽視したことを後悔しています。

「大会ほしい」が将棋好きの親子たちの答えであったという前提で事を進めていますが、コロナに限らずインフルエンザや自然災害で中止になった時にも何の文句も言わずに赤字を補填してくれるスポンサーとして想定し得るのは、子供たちが将棋をすることで直接メリットがある事業者、つまり地元の将棋教室しかあり得ません。

一方で、将棋はバーチャルと相性がいい。技術革新により、自宅に居ながらにして道場に通ったり一流の教育を受けられる時代がすぐ先に見えています。地域のお教室なんて要らなくなる。しかしながら、
「そうはいっても近くにあるなら習い事として行かせよう。歩かせたほうがよかろう」
というリアル習い事需要が少数は残るかもしれない。それがどれ程かは、予測できない。誰かがやって実験してみるしかないのです。

という訳で、今ココ。リアル習い事としての将棋がこの技術革新時代の中で成立・存続するかどうかの確認作業を実務的に淡々と行っている最中。それ以上でも以下でもないです。
成立すれば続けるし、
「やっぱバーチャルにみんな流れたね」
というのが確認されたら、事業を畳んで大会もやめます。

これを正しく理解してくれないと人生まで投げ出した上に「子供たちの夢を奪った悪党」の烙印を押される結末になってしまう。あ、ハンコ無くなるんだっけ?どうでもいいか。

趣旨としては「リアル習い事としての将棋が有意義かどうか」だけを考えてください。そう考える人が大会をバックアップする事業者を食べさせてくれるくらい存在するのかを調べる調査員的な役割を原がいま淡々と進めているところです。

千葉県知事選と赤レンガ

引き続き、ちょっと気になった政治の話題を。
 
来春に迫った千葉県知事選。自民党は前スポーツ庁長官で五輪金メダリストの鈴木大地さんを推す動きが強そうですが、千葉市長の熊谷俊人さんも意欲を示しており自民党県連では意見が割れていると。
個人的には上記2名なら熊谷さんという気はしますが、もし鈴木さんも意欲を示ししっかり準備して政策を出してくるならそれを見て判断したいと思います。
 
ひとつ、これに関して市川市に関連する政治課題を。赤レンガですね。
昨年の終わり頃に行われたタウンミーティングでは、市民の方からの進展はないのかとの質問に対し村越市長は「いまボールは県側にある」と答えておられました。その後どうなっているか知る立場にありませんが、条件のやりとりに時間を要しているのかなと想像します。
 
森田現知事や鈴木さんには聞いても仕方ないかなとは失礼ながら思っちゃいますが、熊谷さんだと聞いてみたくなります。「市川市の赤レンガの措置はどうなりますか?」と。イメージとしては、熊谷さんらしくスピードアップで「市川市が取得を希望するなら条件はこうですよ」みたいのが明快に歯切れよく出てクルのではないか。もし知事になられたならば。
 
仮にそうなると、村越市長としては「赤レンガを取得し街づくりに生かす」が選挙公約でしたので、対応を迫られるはず。
相当なことになるのではと想像します。テスラや新庁舎階段問題ですらすったもんだしましたが、桁が違う課題が市政のテーブルに乗っかってくる。当然、県知事選からさらに1年後の市川市長選では「マジで買うの?」が重要な争点になってくるのではないかと予測します。

政治のこと

間借りしているパソコン塾の社長さんに
「このチラシをポスティングしていいですか?」
と許可を得に行ったところ
「上手じゃないですか。どんどんやってください」
と快諾いただいたものの、暫く眺めて
「原さんのキャラがもっと出てたほうがいいと思うけど」
とアドバイスをいただき、苦笑してしまった。一般論として人間が感じられるほうが惹きつけがいいのはその通り。しかし、政治関係者のアンテナに触れたくない。面倒だ。
どうも、視野は広がったが窮屈になった。

さて、その政治についてですが、実は最近はかなり希望がもてると感じています。

以前紹介した「新型コロナと貧困女子」という本にこう書かれてあり、腑に落ちるところがありました。
「コロナ禍では、猛威を振るった政府の新自由主義的な性格は影を潜めたのだ。さらに新自由主義を日本に持ち込んだ元政府中枢の人物が月5万円のベーシックインカムを提案したり、労働者を徹底的に働かせた”ブラック経営の神”と呼ばれた男が社長の上場企業が経営難に陥ったり、福祉活動家のロビイングで政府の意見が覆ったり、コロナ禍で政府や上層部の価値観や意識が変わり、さまざまな場面で逆転や反転が起こっている」

さらに私がこだわっている「大学無償化」の議論もよく目にするようになった。もちろん「大学がすべてではない社会にする」も大いに結構。ここまで土俵に乗ってくればイキそうだなと期待を持って見ています。

問題は、新自由主義の反転はつまりこれまで問題ありつつも雇用を支えてきた従来型の大企業の収縮を意味する。倒産や合併など今後バタバタと起きるだろう。仕事がない時代がくる。その時に自ら思考し手を打てる人間を育てることがいま重要なことなのだろうと考えます。

将棋教室チラシ

ライブ 今後は誰のためでも何のためでもなく

SNSでは軽く告知したのですが、11月15日(日)にサンデーサティーズ山口くん堀木くんと行徳駅前ストリートライブを実施する予定です。道交法とコロナは関係ないようですが、道路使用許可をくださいました千葉県警に感謝いたします。

みんなで歌うコーナーは廃止します。残念ですが、参加型のスタイルは行いません。

「誰でも寄って歌ってもらえる場づくりで地域コミュニティー形成を」がこれまでのコンセプトでしたが、完全否定される世の中となってしまいました。
お年寄りや基礎疾患を持つ人々が飛沫を浴びて風邪やインフルエンザをもらいそれが原因で死に至る・・・それはコロナ以前からずっとそうだった。歌がウィルス拡散兵器であることがこれだけ白日の下にさらされてしまうと、たとえコロナが収束したとしても、もはやライブが好ましいこととは思われないだろう。

若い人はいいと思います。念のため。
フォークシンガー原は投了。負けました。フォーク世代や昭和歌謡世代を集めて堅苦しい規則や対策なしに合唱することはもう出来ない。

今後はコミュニティーだのシニア世代の健康だのとお題目は唱えず、ただやる。ライブについてはそういうことにします。従来の目的は「地域」という制約を外してネットに活路を見出すしかない。

飛沫飛散歌唱時

ドワンゴ社の叡王戦主催終了に思う

ドワンゴ社が叡王戦の主催を今期までとすることが発表され、将棋界に衝撃が走っています。
思うところを述べますが、まずは何より、電王戦にはじまり将棋界へ多大なる恩恵を与えてくださいました株式会社ドワンゴ様に深く感謝申し上げます。



さて、思うところ。
ニコ動の強いところはどこか。特徴を出して集中と選択をしなければ生き残れない時代なのだろう。

Google(YouTube)はひたすら広告屋さん。コンテンツはユーザーが作る。面白い動画をつくり視聴者を集めてくれるクリエーターに広告料を還元する。

AbemaTVは、番組を制作するいわばテレビ局なんでしょうね。個人のYouTuberではここまではできないというクオリティの番組を制作し広告主から広告料を得る。

ニコ動は、優秀な動画クリエーターが「課金チャンネルを設置し、広告主からではなく視聴者から月額で代金をいただきたい」と考える場合に、提供できるシステムが優れているようです。そこへ集中特化すべき状況下にあるなら、叡王戦という大きなタイトル戦の主催業務は確かに重た過ぎる。というか、本業から浮いている。
叡王戦の魅力の陰りなどではなく、もっと根本的な経営戦略上の選択ではないかと見ます。

ニコ動が見直される時代が来るかもしれません。有力YouTuberの間では「Googleは不安」と考える人々もいるよう。規約に触れると判断されると突然チャンネル凍結とか収益化停止とかされてしまう。広告単価もすべてGoogleの裁量次第なので、安心できないと。「チャンネル登録者何万人とかいうよりも、お金を払ってでも見てくれる熱心な支持者を1000人持っていたほうがカタい」と考える向きもある。ドワンゴ社はそのようなクリエーターにアピールしてゆく戦略ではないだろうか。

将棋界からも「ニコ動で成功しているクリエーター」が出ると良いかもしれません。課金しても一定の視聴者が集められるとなると、やはり戦術解説でしょうか。様々な戦型について過去の歴史・変遷から最新のトレンドまで、わかりやすく解説されたクリップがシリーズごとに並んでおりプロやトップアマ棋戦の動向を反映し随時新しい動画がアップされていくようなチャンネルがあれば、少なくとも「指す将」にとっては魅力的。しかしそんなのが月額500円とかで出てきたら出版界が困るかも。棋書が売れなくなる。あと、将棋教室も。私なんて完全にいらなくなるな(笑)。

投了 そして、それが旧行徳将棋クラブ最後の仕事だった

昨日記事の「行徳の子供たちが将棋が出来る唯一の場としての役割は終わっていた」について、補足。

旧行徳将棋クラブを閉じる前後に実は初めての方から何件かメッセージをいただきました。いずれも市川在住の方で「子供が将棋好きで行徳将棋クラブの活動の様子を心の支えにしていました」と。で、普段子供さんは将棋アプリで将棋をしている。たぶん何らかの理由・・・親御さんの都合で送り迎えが出来ないとか、子供が出たがらないとかで、リアル第2和室に足を運ぶことはなかった。

ほかの習い事は仕方がない、がんばって行かすけれど、忙しい日常の中で将棋はアプリで済むのであれば本来はリアルがいいと思っていてもそのままになってしまっていたのでしょう。
というのが、コロナで逆に「ネットで出来ることはネットで」がむしろ良いことと正当化される時代になった。原、投了。負けました。敗者へのお心づかいをありがとうございます。

ほんの6-7年ほど前・・・練習の一環に将棋ソフトやアプリを取り入れようとしたときに「私は実際に駒を持って指させたいんですっ!」とガンと保護者からお叱りを受けた。「時代が動くのはまだ先だなぁ」と痛感したのですが、逆にアッという間に追い越されてしまっていた。このあたり、私が経営者でないからアマい訳です。シノギを削る立場ならアンテナを張り巡らし「大丈夫、ぜったいクル」とじっと待ちその路線を整備した。ボランティアだから「そっかぁ〜」で傷んだ心を湯船に漬かり癒し頭からハズしてしまった。

4月から行徳公民館の代替でオンラインをやってみて感じたのが「アレ?若いお父さんお母さんたちワリと古風だな」ということ。でも、違うんです。「リアルこそ将棋」という昔気質ののお父さんお母さんたちが、最後まで行徳将棋クラブに残りガラパゴス原とお付き合いくださっていた。そしてコロナ禍において将棋アプリをご案内したところ、支障なく吸収してくださいました。

原を亡ぼすこと。それが行徳将棋クラブの最後の仕事、そして社会への貢献でした。

ウミガメ

行徳運河にて

今日は冷えそうですね。皆様くれぐれもご自愛ください。

と、イキナリ締めてしまいましたが以下駄文なので最重要課題を頭に。風邪などひいて熱を出すと面倒なご時世です。

さて、雨音を聞くと考えても仕方ないことがぼんやり頭に浮かぶ。

将棋教室の方向性については、歓迎の声もある一方でほとんどの人はついて来れなくなっただろう。今にして思えば「金とっていいからしっかり体制整備してくれ」という人と「行徳将棋クラブはサークル活動であってほしい」という人にきっと元々分かれていた。市内小学生大会の設置により前者が必然になったが、皮肉にも大会設置を後押した人々はサークル活動派だったのだろうというのが今だから解る。
しかし新しい人々と触れ合ったことで、行徳の将棋好きの子たちが将棋が出来る唯一の場としての行徳将棋クラブの役割は実は既に終わっていたことを把握もできた。将棋アプリはもはや立派な「場」だ。リアルの場を続けるならリアルならではの何かを提供する形に変化するか、きっぱり止めるか。そうすべき時代になっていた。いずれにしても。

おぉそうだ。その市内小学生大会ですが、市の後援をとって市長賞や教育長賞とするのならば、今期もムリでしょう。市や自治会の地域イベントが問題なく開催されている状況になるまで待ちですね。やるのなら新生行徳将棋クラブ主催・・・つまりほとんど原の単独犯になる。が、状況的には商売立ち上げ期の人寄せキャンペーンに見られますよね。イヤラシイ。
「バカッ、下心丸出しでそこはイクべき。やっちゃえ!」という意見と、
「そりゃ確かに止めといたほうがいいね」という意見と。ここも人々の考えは分かれるだろう。
ただ、市長賞・教育長賞がいいでしょうね。原の賞ならハラショーか(ロシア語で「good」)。親父ギャグにもなりゃしない。

行徳運河にて

「落穂拾い」の役人さん

もうひとつだけ、マイセンの記事を。

マイセンにはフランソワ・ミレーの「晩鐘」と「落穂拾い」のレプリカが置いてありました。生前、一度だけマイセンライブに今は亡き父が来てくれたことがありまして、
「落穂拾いに、遠くの方で馬に乗ってこっちを見とる男ん人がおるじゃろ」
と言う。よく見ると、確かに騎乗の人が小さく描かれている。
「農民たちを監視しとると。向こうに旅行に行ったときにガイドさんがそう言うとった」
落穂の一本さえも盗まぬようにと。

へぇ〜
老後の数年間、夫婦でよく海外へも旅行に行っていた。パリのオルセー美術館ですね。真偽のほどはわかりませんが、そのような説明を受けたのでしょう。

マイセンの話はひとまずここまで。

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おちぼひろいの役人さん

来たるべき時

真間山弘法寺より、市川の街。
 
市川で行徳でどうのこうのとか、終わりなんだろう。距離は関係ない時代になる。これまでやってきたことを全否定すべき時。10年単位かなと思っていたが、まさに「今でしょ」。
 
60過ぎてたらこれを機に「あとは新しい世代に」だろうが、さぁ〜どーしよ。ワカラン。
暫く寝るか。

真間山弘法寺より

コロナ禍における習い事についてのアンケートにご協力お願いします

ツイッターで行っているアンケートにご協力いただけましたら大変ありがたいです(客観的と主観的と2つ)。
現在の状況下における子供の習い事について、極力オンラインを志向するか、実施されているリアル習い事に行かせたいか、子供の気持ち次第でどちらでもよいか。
 
保護者としては、習い事は子供が一定時間自分の元から離れてくれるのが大きなポイントですが、それとコロナリスクとのバランスがどう捉えられているかを見るためのアンケートです。

新型コロナを指定感染症から外すべきだ

九州の実家と最近何度か電話で話したのだが、コロナのことばかり聞いて来る。こちらは九州各地の親戚が大丈夫か聞きたいのだが、そんなの気にせんでいい位の勢い。家や人が流されることよりもコロナが怖い。参ったなこりゃ。もはや東京エリアは、地方の人々からすると映画バイオハザードに描かれたようなイメージ。

Go to キャンペーンが東京だけ外してスタートという衝撃的な事件。

雇用調整助成金の特別措置は6月30日まで(8,330円を上限に100%支給)。4〜6月の売り上げがほぼ無かった旅行関連会社の多くはこの措置が適用されることを見越して金融機関からつなぎ融資を受けているはず。で、7月からはこのキャンペーンで旅行客が戻り売り上げが立ち従業員さんに給料が払える見込みだっただろうと考えますが・・・東京の中小の業者さんたちがどうなるか。

検査数を増やし、陽性検出数か増え、大騒ぎ。そして事業者や労働者が理不尽な負担を強いられる。こんなことに意味があるのか?
毎日3桁の数字が続くということは、もぅ万の単位で感染者は世の中に存在し感染を広げている。200や300ずつチマチマ見つけて隔離しても、感染の広がりはそれをはるかに上回るだろう。日々発表されている「感染者数」の小さな数字に振り回されるのは、何をやっているかわからない。

それにしては重症者が少ない。ほとんどが無症状か軽症で済んでいる。人々がこれほどまでに犠牲を払わねばならぬ理由がない。新型コロナを指定感染症から外し、症状が出た人だけを検査で判定し陽性なら静養という方向性に転換すべきだ。

感染防止対策だけでは感染拡大は止まらない

ブログの更新が滞り、すみません。
かなり辛辣なことを言う状況が続いていて、友人限定のSNSに投稿していましたが、これはブログに書きたいと思いました。

話題の著書、読みました。「新型コロナと貧困女子」(宝島社新書)
 
夜の繁華街とホストクラブが騒がれますが、核心は性風俗だと思います。ホストクラブも感染源は客の多数を占める風俗嬢と言われている。以下、本からの引用;
「風俗嬢がホストにハマるのは、普通おっさんと接しているから。癒しを求めて。風俗していると自分のなかの異性が“ホストか客か”ってだけの二択になっちゃう。ホスト以外の男は全員客の諭吉にしか見えないみたいな。一般男性も客に見えちゃう。ずっと男にいやらしい、そういう目で見られているわけだから、やっぱり癒されたい。」
「売れているホストは、呼べば女はいくらでも来る。会いたくて、会いたくてしょうがないわけだからコロナとは関係ないんですよ」
つまり、風俗嬢にホストクラブへ行くなと言ってもムリ。
 
ではなぜ女性が風俗業に入ってゆくのか。何か所か引用します:
 
「繁華街は貧困女性に対する再分配の場であり、福祉や社会保障と同等か、それ以上に機能してきた。これまでに日本には阪神淡路大震災や東日本大震災、熊本地震など数々の震災や災害があった。そのたびに、被災地には復興のために人が集まり、復興資金が夜の世界に流れ、貧困を起因として水商売や風俗で働く女性たちは恩恵を受けてきた」
 
「日本は平成以降に貧困化した。すでに繁華街の女性の供給は過剰であり、10年以上前から女性のカラダやセックスは深刻なデフレを起こしている。カラダを売っても貧困は解決せず、ギリギリの生活を強いられる女性が膨大に存在している。」
 
「現在、日本は勤労世代(20〜64歳)の単身女性の3人に1人、シングルマザーの50パーセント以上、子どもの7人に1人が貧困状態にあるといわれている。なかでも深刻な状態に陥っているのが現役女子大生だ。」
 
女性の貧困化の要因のひとつが、大学。もはや平均的な家庭では子供の大学の費用まで面倒をみてあげることはできず、それでも学びたいとなれば奨学金をイッパイイッパイ借りざるを得ない。
 
「元金576万円に利子がつき、返済総額はその金額を上回る。受験勉強をしてやっと東京六大学に入学し、在学中は心を削りながら卒業のために仕方なくピンサロで中年男性に性行為を繰り返した。やっと解放されたと思ったら、次は自己破産相当の負債の返済を迫られる。」(日本学生支援機構第二種奨学金12万円/月x48か月=576万円)
 
「東京の繁華街のガールズバーや価格が高めのデリヘルに行けば、働いているのは女子大生だらけだ。彼女たちが所属する大学は、難関一流大学がズラリである。」
「カラダを売る生活は、大学卒業では終わらない」
 
という訳で女の子たちは大学で風俗に入り就職後も体を売り続ける。ところが、彼女たちもいつまでも若くはない。
 
「女性の貧困には戦前から性風俗や売春がセーフティーネット的な役割を果たしてきた。平成に起こった日本の経済的衰退で、まず女性から続々と経済的な苦境に陥って転落した。前章の女子大生たちが学業継続のためにカラダを売ることを余儀なくされ、女子大生が風俗に入ってくるたび、30歳を超える女性たちの価格が下がり、市場から追い出されてゆく」
 
そして後半には、取次人を介して安価に体を売るようになる介護職や保育園勤めの女性のインタビューなどが記されている。命をつなぐ崖っぷちにあり、倫理観を要求するのはムリ。
 
東京都と隣県でこのところ感染者数の発表が多く「夜の繁華街だけでなく普通の住宅街にも広がっいる」「ホストクラブなどだけでなく普通の若い方の飲み会でも感染が見られる」と報道されるのだけれど、当たり前。普通の住宅街に住む女性がデリヘルや安風俗で不特定多数の男性と性交渉を重ねているし、女子大生風俗嬢は普通にサークル活動や飲み会をしている。
 
私の個人的な感想ですがが結論として、感染防止対策だけでは感染は止まらない。ある程度あきらめコロナを社会が許容するか、これを機に一気に社会の構造を変えるか。どちらかしかありません。

新型コロナと貧困女子



市川市小中学校の再休校について(その3 学習の遅れを阻止すべき)

この投稿がメインで訴えたい事です。

休校による学習の遅れはよくない・・・これは新型コロナへの考え方がどうあろうが、共有できる価値ではないでしょうか。3か月もの空白があり、もはや一日一日が重要になっている。特に受験生。現在高3・中3の連中の顔が浮かびます。中学受験する小学生も居るかもしれない。
さらにSNSつながりの三中保護者の方によれば「三中の子は来ないで」と学習塾に言われてしまった生徒さんも居るとか。当然そうなります。その1で述べた通り、事業リスクが大きすぎる。

つまり、無症状でも1人でも陽性がたまたま発覚してしまった学校の受験生は学校にも塾にも行けないという深刻な状況に置かれます。受験が近づいてくればたとえ1日でもそれは痛いでしょう。

マズいことに、市川市は新型コロナの影響を受けやすい。東京都に隣接していて都内通勤率が高く、早くから話題になった警戒区域なので検査も速やか。感染拡大防止に力を入れている反面、休校リスクがとても高い自治体。つまり市川市の児童生徒たちは、学習が遅れるリスクを他の自治体より大きく抱えている。

休校になったとしても学習を遅らせないための方法はあるか。これは、休校反対派も休校すべき派も共に考えることができるのではないか。

必ずしも「オンライン授業」なんて言いません。他にも方法があるかもしれない。
力業で「中3学年だけは校内感染ひとりふたり位なら続行」というのもあるかもしれない。
各学年の授業の動画を先まで作っちゃうとか、どうですかね? スゴイ教えるのが上手い人を講師にして。休校になったらそれを見させるようにする。クラス担任の先生はラインビデオ通話で定期的に個々の子に「どう?ワカラナイところある?」みたいな感じでフォロー。
動画制作がムリなら課題を与えるしかないですね。いつ何時翌日から休校になってもいいように常にカリキュラムの整理をし、即座に課題の指示を出せるように常にしておく。で、ラインビデオ通話で個別にフォロー。先生たちの負担ハンパないですが、でも費用か労力かどこかで無理をしないと解決しない。

そして学習遅れを防ぐ効果的な対策が打てないなら、休校にすべきではありません。
教育を受ける権利を、著しく侵害している。
権利を持っているのは子供たち。本来は大人が勝手に決めてはいけない。子供たちに決めてもらわないといけないのですが、現実そうはいかない。でも、その感覚を持ちながらの政策決定が必要です。

市川市小中学校の再休校について(その2 社会の分断)

新型コロナは、人々の衛生意識の違い・・・それは生き方の違いにもつながるのですが、それを残酷なまでに露呈させてしまいました。

「過剰な自粛は弊害のほうが大きい。リスクをとりながら経済や教育を進めるべき」
と考える人もあれば、
「新型コロナは恐るべきウィルス。警戒を緩めるべきではない」
と考える人もあるでしょう。

具体的に休校のケースでは、
「ひとりの無症状陽性で休校にしてはきりがない。マイナスのほうが大きい」
という保護者もあれば、
「休校期間はたった3日でいいのか?生徒の検査範囲ももっと広げるべきだ」
という保護者もあるでしょう。

ビフォア・コロナの時代には共存できていた両者ですが、もはや互いの納得の上で生活を共にすることは出来ない。どちらかを犠牲にする形で社会を、学校を、運営するしかない。不幸なことです。

肌感覚ですがたぶん大半の親子のみなさんは、マスコミが騒ぐことがなくなれば次第に自然体に・・・つまりビフォア・コロナの振舞いに戻ってゆくでしょう。公園などの状況から、そう感じます。確固としたポリシーがある訳ではなく、世の中の雰囲気で行動様式を決める。

新型コロナで恐怖を煽れるうちはマスコミは煽るでしょう。そのほうが稼げるから。でもどこかの時点で賞味期限は切れる。逆にスポーツや音楽、飲食店や観光業の復活劇のほうが視聴率がとれるようになればそちらに流れる。すると今度は、マスコミの煽りで恐怖に洗脳されてしまった人々が置き去りになるだろう。

ワクチンが出来ても、新型コロナウィルスが無くなる訳ではない。そしてワクチンや治療薬があってもインフルエンザですら毎年多くの人々が無くなる。新型コロナウィルスは残り続けるだろうし、命を落とす人々も出続けるだろう。ワクチンが普及して「これで大丈夫だね」なんてとんでもない。恐怖を心底植え付けられてしまった人々にとり、もはや安住の地はない。そんなこと無かったように人々が振舞う世の中で、どうやって生きて行けばよいのか。

その2は嘆きだけになりすみません。

公園

市川市小中学校の再休校について(その1 習い事教室)

市川市在住の高校生の男子生徒さんが発症。そしてご家族に検査行ったところ妹さん二人に感染(無症状)が確認され、姉妹が通う三中と国分小が24〜26日休校。市内に再びの緊張が走っています。

幾つかの問題を整理したいと思います。

まずは当ブログをお読みいただいているのは将棋や音楽関係者の方が多いでしょうからご参考まで。市川健康福祉センター(市川保健所)に電話して聞きました。質問は
「今後の参考のため。小中学生に感染が確認された場合、検査の対象になるのは同じクラスの子だけか?あるいはその子の習い事の教室にも及ぶか?」
回答は、
「聞き取りをして、習い事でも濃厚接触があると認められれば検査の対象になる場合があります」
とのことです。
本来はこの時勢にただでさえ忙しい保健所に電話するのは控えるべきですが、確認すべき事項と考えました。保健所の職員の方にお詫びとお礼を申し上げます。

当ブログで以前書いたことにリアリティをお感じいただけますでしょうか。もし将棋教室をリアルで再開しており感染者の子が来ていた場合、他の子も検査される可能性があります。そしてたまたま陽性が出てしまう子がいた場合(感染していなくても偽陽性もあり得る)どうなるか。感染はもしかすると将棋教室が最初で、そこから兄弟姉妹ではないか・・・犯人は将棋教室ではないか?という目が周囲から注がれます。完璧に対策をして、実際感染が発生していなくてもそうなる可能性があります。

特に中学生は受験が絡むため深刻。当事者の方々は神経質になっているでしょうから「こっちは一生がかかっているのに何だ!」という風に、受験時期が近づくにつれなっていくでしょう。

新型コロナそのものではない、大きな社会的なリスクが存在してしまっている。
長くなり読みづらくなるので、この投稿を(その1)としていったんここまでとします。

市川市給食のお米問題 ご報告

これもご報告が必要。

当ブログで昨年春よりテーマにしてまいりました「市川市給食のお米問題」ですが、今年に入ったところから完全に現役保護者チームにお任せし、私は直接関与から退きました。理由は何度も述べました通り、私には直接利害関係がないので政治の世界の人々からすれば何の企みかを勘繰られる不可解な存在でしかないこと。状況を複雑にしないよう、保護者の気持ちをストレートに市政へ伝えてもらう形にしました。

一筋縄ではゆかない世界に飛び込み、ママさんたちとてもよくがんばられました。大健闘を称えさせていただきます。次に契約をする時期は新米になる頃のようですが、事態を見守りたいと思います。

昨年は大きな台風が千葉を襲いましたし、今年に入ってからは新型コロナという社会を大きく揺るがす出来事もありました。県内も市内も経済が疲弊し地元業者さんたちも市の財政も厳しくなっているはず。この時勢下でどのような判断がされるか注目されます。

「そのような骨のあるお母さんたちとぜひ繋がりたい!」
という方は、フェイスブックページを訪ねてみてはいかがでしょうか。

河井夫妻 まだわからない 印刷物もポイントか

投稿すべきことがあり過ぎて整理つかずにいますが、まずはこれを。

河井案里・克行議員夫妻。「逮捕」「1億5千万」「議員に2千5百万」などの言葉が踊り既に犯罪者扱いですが、冷静な目が必要。検察とマスコミがグルになって事件をつくる構図を我々は目の当たりにしたばかりです。

逮捕されても起訴されるとは限りません。取り調べた結果お咎めなしかもしれない。

まず1億5千万ですが、ご夫婦に渡したのではなく、党本部からそれぞれが支部長をつとめる広島の2つの自民党支部へ数回に分け振り込まれた合計が1億5千万とのこと。各選挙区の党勢拡大が目的。金額が大きくエーッと感じますが、これ自体は合法。
そして、県議や市議ら96人に配られたという合計2570万円ですが、渡すほうと受け取るほう双方の政治団体がきちんと収支報告書に記載し処理すれば合法にできる。受け取ったほうはちゃんと領収書を出して。

問題は、封筒でポンと渡され「そんな雰囲気ではないな」という場合。「よろしく頼むよ」的な、何らかの意図があり気なケース。どうします?
・ 「受け取れません」と返すか
・ もらいましたと自首するか
・ もらわなかったと言い張るか
・ 収支報告書に記載して領収書を押し付けるか
選択肢はそんなところか。

2つの支部と案里氏・克行氏および96人の県議市議のすべての収支報告書を入手して突き合せれば判るはずですが、たぶん、出した方ともらった方と記録がない・合わない点が多々あるのでしょう。
しかし・・・「あ、そうでしたか忘れてました」「間違えました」と言って訂正し出し直すと結構お咎めなしだったりします。「買収の意図はありません。ただの記載ミスです」と。

さて、本題。

昨年7月参院選に案里氏が支部長を務める参院選第7支部から案里氏の政治団体へ寄付された金額が2,405万円。残り約1億2千6百万円。そして案里氏陣営の元スタッフによると印刷物とその配布だけで「1億円以上かかった」と(中国新聞6月13日)。

微妙なんです。印刷物関連で丁度1億円くらいということなら、計算が合います。
・ 案里氏の選挙に2,405万円
・ 県議や市議たちへ2,570万円
・ 印刷物に1億円
合計ほぼ1億5千万円。「記載ミスなどあったが最終的にはすべて合法」で、タフな政治家なら逃げ切るだろう。

ところが、印刷物の「1億円以上」が1億1千万とか2千万とかだと話が変わってくる。つまり、あるはずのないお金が出てきてしまう。
あくまで過去のケースですが、印刷屋さんが受注額の一部を政治家さんにキックバックしてそれが裏金になったことがありました。慎重を要すべき事柄なのでここでとどめますが、仮にそのようなことがあると「買収の意図」に関わらず、アウト。逃げ切れません。

当該の政治資金収支報告書が一般公開されるのは今年11月とのこと(上記中国新聞記事)。従い検察が不起訴にした場合は、国民はこれをチェックしておかしい場合はおかしいと言わなければなりません。手打ちしたのではないですか?と。

話は戻って、出てきている情報を冷静にフェアに見る必要あります。まだ罪人になった訳ではない。上記のとおり問題なしの可能性もあります。

日本将棋連盟によるガイドラインについて

日本将棋連盟より「大会・イベント・教室・例会等の運営におけるガイドライン」が設定されました。



色々と考えさせられます。

これを明示する意味ですが、全国のどこかの将棋の場で感染が発生した場合に「日本将棋連盟としてはこのようにしっかりとガイドラインを定めています」ということで連盟自身および将棋界全体が被害を被ることがないようにしたのかもしれないと推察します。悪い意味ではありません。重要なことです。

また、これをしっかりやる限りにおいては参加者に感染が発覚した人があったとしても「違う場所ではないか?たとえ将棋で感染したとしても事故のようなもの。仕方がない」と社会的批判を緩和する効果はあるだろうと思います。
生業として将棋の場やイベントを行う人々は、これをしっかりやりながら実施するしかないだろう。

いっぽうボランティア系の運営者としては・・・
「とてもやれない」
です。

来た人全員を検温して、各テーブルに将棋盤1つずつ。子供教室の場合、最も難しいのは子供たちが互いにひっつかないようにすること。じゃれ合いをさせない鬼管理者が必要。
やるとすれば、ひとつの部屋に子供3人くらいで、長テーブルをゆったり離してコの字にして、各テーブル将棋盤1つで3面指し指導対局。くらいか。

ボランティアでやっている人たちって、自分の楽しみも兼ね、ふら〜っと決まった場所へ行って鍵を開けメンバーがぼちぼち集まってきてみたいな感じでやっているはず。そういう場でもし感染が発生した場合には、
「日本将棋連盟はガイドラインをこう定めているが、その場は運営がずさんだった」
みたいな報道になるでしょうね。

なんとも言い難い。「いやぁ〜ワカラン」て感じです。

東京都知事選のポイント 社会制度の分岐点

昼だけ都民の千葉県民ですが、新型コロナ問題が継続する限り東京都に隣県が振り回される。あと1年や2年、そうなるだろう。注目せざるを得ません。

個人的には小池都政は、新型コロナを除けば高評価です。
特に、国と共同で進めてきた国家戦略特区、スーパーシティー構想。従来の法律の枠組みにとらわれず新しい試みを導入できるベースが整備されました。さあここからというところ。

マイナス面では「築地を守る。豊洲を生かす」・・・これがその後いかにも中途半端で課題山積のままである点を指摘する向きもありますが、少なくとも問題提起により都政の"外からの"見える化が進んだ(ちがったブラックボックスが出来たという批判はある)。先行き不明の狭間で振り回された人々はそうはいかないだろうけれど、都の財政力からすれば「高い授業料を払った」のかなと客観的には思う。

ところが、ウィズコロナ・アフターコロナの政策については、これが致命的に危険。「高い授業料」では済まない。なぜなら、社会制度の骨組みそのものだから。

今回のレベルの休業補償は国も自治体も二度とできない。従い、感染症に対応できる社会に体制を根本的に変えなければならない。方向性として2つからの選択になるはずです。
1.いつでもロックダウンできるよう、暮らしの基礎部分を普段からすべての人々に保障する大きな政府。
2.リスクを評価し危険度を示した上で生き方や経済活動を人々に選択させる自己責任型の社会。
国政レベルの話ではあるが、東京都がどのような思想であるかは重要な試金石になる。

どちらかに目一杯、舵を切らざるを得ない局面に、いやがおうにも立たされている。感染症は今後も繰り返しやって来るだろうから。そして、小池百合子という政治家は決定的にこの局面に合わない。今回は、東京都に潤沢な財政調整基金があった。また、国にプレッシャーをかけ国を悪者にする小池劇場に、利益を共にするマスコミがまんまと乗った。冷静な検証なく「小池さんはよくやったよね」と自分たちの煽りで形成された世論を放置するならば、それはマスコミの堕落である。

新型コロナが、アジアで、日本で、どの程度危険なウィルスなのか。どの程度社会が許容できるのか。都知事選を前に検証されなければならない。それは医療関係者によってではない。医療や感染症の専門家は「侮れない、怖いウィルスだ」としか言わない。彼らの言うことを参考材料として、一般の人々がどう判断するかだ。そこへ誘導するのが、マスコミの役目。

やはり年齢問わず危険なウィルスであるならば、社会主義型の制度へ急ピッチで変革が必要。リスクをとれるウィルスならば、もっと早くそれを見抜き決断できなかったのか、リーダーの資質が疑問視される。いずれにしても、小池百合子という選択は、ない。

上記はもちろん、私の主観です。
「次世代になるべく負担をかけぬよう」
が私の考え方ですが。大企業の社員や公務員、年金暮らしのお年寄りにとっては、何も変わることなくこのままで、感染症が流行ったら人々を閉じ込めてくれるリーダーが一番いい。そのような主観もまた存在するでしょう。

結論として、大企業の社員でも公務員でも年金暮らしでもない人々にとっては、都知事選で誰が選ばれるかにより大きくその後の暮らしが変わる。第2波、第3波がくる。別の未知の感染症がやってくる。財政がもたず休業要請しても補償が出せない。知事は「国が、国が」を繰り返すばかりで成すすべがない。そんな未来が明らかに見えている。来たるべき大災害に備え、リーダーを誰に変えるかが重要です。

マイセンライブは残念ですが開催できぬまま終了します

長年に渡りマイセンライブをご愛顧いただき、本当にどうもありがとうございました。
最期に一度でも開催できれば喜ばしいことでしたが、このまま幕を閉じることとなりました。6月13日・27日(土)いずれも中止です。そして7月のどこかの時点で建物が閉鎖となります。ライブも行いません。

16年間、様々な場面が想い起されます。
毎月の第2第4土曜日、雨の日も風の日も、台風直撃の場合を除きまったく休まずにやって参りました。大雪の日もありました。転んでギターを修理不能なほどに割ってしまったことも。お客さんがまったくいない日、いないと思ったら一組来てくださってそれが泣くほどありがたかったとき、そして座席が窮屈で困るほどの夜。たくさんの笑顔と拍手に恵まれました。
おひとりおひとりのお姿が、心に浮かんでまいります。遠くに引っ越されてしまった方もあれば、もしかするとこの世ではお会いできない方もあるかもしれません。いつの日か「マイセンでは本当にありがとうがいました」とお礼を申し上げたいです。

緊急事態宣言は解除になり千葉県では休業要請も解かれ、新たな生活様式に添えばライブ演奏も可能な状態ではあります。しかしながらマイセンのお店の広さを考慮しますと、人と人との間に十分なスペースを確保することは困難です。世の中のライブを行う店が演奏を実施するためにどれほど苦労しているかを考えたときに、我々が一度でもいい加減なことは出来ません。

また繰り返しブログで訴えさせていただいていますが、子供たちは学校で今、歌も楽器も許されぬ状況に置かれています。そして音楽を愛する多くの若者たちが、全身全霊をかけ打ち込み目標としてきた夢の舞台を奪われた。すべて、我々中高年からシニアの人々を守るためです。

「あの豊かな時間に最後に一度だけでも会うことが叶わないのか」
その喪失感、その痛み・・・たまらない想いを抱き、自らの罪を意識し絶望を共有しましょう。
それが行徳のフォークシンガー原からの、マイセンライブでの最後のメッセージです。

マイセン店内

アーティスト支援 政治家の人気取りクソ政策

市川市がやってくれました。

テスラや新市庁舎階段は、内容を冷静に良く見ればなるほどと考えさせられる部分があった。援護する記事を逆風にかまわず書きました。しかし今回はどうにもならない。救いようがないクソ政策。



一部抜粋・引用させていただきます;
「市川市の村越祐民市長は、6月2日の記者会見で、新型コロナウイルスの影響でイベントの自粛などが相次ぎ活動の自粛・縮小を余儀なくされている市内のプロのアーティストやクリエイターを支援する政策を発表しました。
具体的には音楽や演劇、美術、写真など幅広い分野のアーティストらから動画の企画を募集し、審査で選ばれた50作品を制作したアーティストらに対し1作品あたり現金20万円を給付します。」

東京都の「アートにエールを」が好評だったのでパクったのだろうが、くだらないところを真似てはいけない。

政府の「持続化給付金(1事業所100万・最大200万円)」は、アーティストを含めフリーランスの事業者も対象となっています。また市川市は先月、個人事業主に対して20万円の補助を決定している。これも、差別がなければ対象になっているはず。

さらに上乗せして、芸能活動をする個人を優遇する理由は何だ?
人気取りのほかあるまい。
「50組の予定でしたが、大幅に上回る応募があったため枠を広げることにしました」
とか、東京のマネしてやるんじゃないか?
20万円x50組=1000万円ぽっち。枠を広げたところで大したことはない。が、アーティストたちがSNS等で拡散してくれる喜びとファンたちの喝采は政治家にとりオイシイ。
「市川市が、プロとして認めてくれました」
みたいな、いい歳したおめでたい連中もあふれ出るだろう。

アーティストを、さらに上乗せして支援するのは他業種とのバランスを欠いている。

強いて言えば、支援すべきはライブハウス事業者。明らかに不運にみまわれ、不幸にもハイリスクの最前線に置かれてしまった。一般の飲食店では既に、テーブルを囲んで談笑しながら飲食が行われている。リスクは変わらない。不等に事業が制限されている。

ライブハウスを支援するのは金はかかるし票にならない。コスパが悪い。しかし、
芸術文化を支援するなんて言葉を吐くならそこをやれバカヤロウ!

そして、プロアマ問わず市川市のアーティストの皆さんに訴えたい。
小中学生の子供たちは今、例えば音楽なら以下のような状態に置かれています(教育委員会の学校再開ガイドライン)。
子供たちにこれをやらせておいて、大人たちが歌を歌ったり楽器を演奏したりできますかね?
子供たちに上から目線で「これがアートだよ」なんて動画を出しますか?
子供たちの活動を復活させてあげるための働きかけが先ではないでしょうか?

学校再開ガイドラインより
ライブスケジュール
行徳駅前ストリートライブ 11月15日(日)13時〜16時のどこかで30分ほど。 他出演者:山口宏一・堀木康太郎 ※雨天中止
行徳将棋クラブ

行徳将棋クラブ

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千葉県市川市の行徳将棋クラブを運営している原伸一です。ブログの更新情報をお届けしてゆきます。
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ハラ

フォークシンガー原
(原 伸一)

1967年生。千葉県市川市の南部、行徳・妙典でアコースティックライブの主催等の活動を行っています。また、将棋教室を開いています。

将棋教室の情報は以下サイトにて。

http://gyotoku.livedoor.biz
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GSG5(行徳将棋ガールズ)
GSG(Gyotoku Shogi Girls)は、行徳将棋クラブの女子のこと。音楽も大好きで、2013年女子アマ団体戦で歌を歌ってベストパフォーマンス賞をいただきました。
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