政治家とマスメディアがあうんの呼吸で結託して人々をマインドコントロールする。抗うことは出来ない空気が造成され、反対意見を言う者はキチガイ扱いされてしまう。それが戦争。今がまさにそう。

市川市小学生将棋大会。残念ながら中止となりましたが、大会を支えてくれることになっていた方々と連絡を取り合う中で、特に若い世代・・・行徳将棋クラブが誇る優秀な卒業生たちが現在の国・自治体の措置に疑問を抱いていることを知り、未来に希望を持ちました。「何かヘンだ」その感覚をぜひ大事に持ち続けてください。そのピュアな感性が、きっと正しい。

単純に考えても「自分はこのために命を絶つ」という部下の言い残しを黙殺し「何よりもまず子供たちの命を守る」など公言する人物を信用できるはずがないですよね。
でも安倍晋三さんという人間個人を悪く言いたくはない。そう言わざるを得ないポジションに居るからやむを得ない。スケールは全然ちがいますがまさに私も市川の子供将棋においてはそうです。そういうものだということを、客観的にクールに眺めてください。

80年前、このような状態だったはずです。大切なものを守るために国民は一丸となっていた。守るべきものは揺るぎない価値として国民に共有されていた。その価値は戦後どうなったか? そして我々は今、何を守ろうとしているのか?

直近の記憶に新しいところでは、イラク戦争があります。「大量破壊兵器」をイラクが保有していることを理由に起こした戦争でしたが、そんなものなかった。どれだけの命が失われたか。その後混乱の中からISなど生まれてしまいどれだけ被害が拡大したか。この戦争を起こしてしまった責任を、日本の大人たちは自身に対して問うたか? 我々がいかに多くの人々を死に追いやってしまったか。人命第一なんて言う資格があるのか!?

何となくスルー。そしてその前後には、政治家たちの功績やメディアの栄華や商売人たちの儲け話がゴロゴロ転がっている。

世界の指導者たちが、神妙な顔をしてもっともらしいことを大衆に訴えかける。映画のようにメディアがそれを伝える。世紀のヒット作のように皆が注目し感動させられる。おかしい。絶対に怪しい。世界を巻き込んだ戦争ではいつもそうだった。

戦争では、遠い国の人々の命が失われた。そこへ送られる兵士たちの命が失われた。それを避けるためイッパイイッパイの努力はしたか? その反省があるのならば・・・

今回のケースでは、戦地の人々や兵士に相当するのは患者・医療関係者そして経済活動をしている多くの人々。彼らを守るということは即ち、病床や隔離場所を何としても確保するという政治的な努力。逆に「自粛要請」とは即ち政治家が自らの仕事を放棄して「戦地に兵士を送ること」にほかなりません。それを当然のことのように政治家とメディアが結託して大衆をマインドコントロールする。それが戦争というものです。