今日はブログ書く余裕がなかったので、以前に書いてアップしていなかった記事より。
私は宮崎の出身なのですが、宮崎出身の天才シンガーソングライターの話を。

鬼束ちひろさん。30歳以上の方はわかると思います。素晴らしい楽曲と歌唱で2000年代を飾りましたが、積極的にフォローしている人でもなければ「いつの間にか聞かなくなった」感がある、そんな印象だと思います。活動休止期間があり現在もメディアにはあまり登場しませんが、マイペースで活動されているご様子です。

ご両親が、さだまさしさんのファンだそうで。さださんの「歳時記(ダイアリィ)」という曲に出てくる女性の名前から「ちひろ」をとったのだそうです。鬼束さんの詩心の一部はきっと、幼い頃にかかっていたさださんのレコードから感性に染み付いたものだろうと、勝手に想像しています。

もうひとつ、名前の候補があったそうで。これもさださんの有名な曲のタイトルから「檸檬(れもん)」。もしそっちだったら、平成のJ-POP界には「林檎」(椎名林檎)と「檸檬」が居たかもしれないと、ご本人は冗談を言っています。

椎名林檎さんと鬼束ちひろさんを、個人的には対照的に見ています。

鬼束さんは、ご存知の方もいるでしょうが一時期荒れたようになりました。派手な化粧と衣装で、ファンのイメージをブチ壊すような演出をしまくった。デビュー時から有無を言わさず「清楚なイメージ」を会社から押し付けられたそうです。若いので反発心もあったでしょうし、表現の自由を奪われている苦しさもあったでしょう。「私はそんなんじゃない!」癇癪を起すのも解る気がします。
林檎さんは、そこら辺うまくビジネスの中で昇華できてますよね。ミュージックビデオ等での変幻自在の化粧・衣装、コスプレや過激な演出。ビジネスマンとしても優れているし、力をつけながらやりたいことができる人間関係や状況をつくるのが上手そう。

鬼束ちひろさんは才能としては本来は、椎名林檎さんと同じほどに評価されてしかるべき。「いや、普通にそう思ってますよ」という人も多いことでしょう。

宮崎県では各地に県立高校の進学校があり、それぞれに国立や有名大学への進学を目指す「特クラ」というクラスが設置されているのですが(現在は各学校呼び名を変えているようです)、彼女は日南高校の特クラ。学業優秀です。余談ですが、宮崎では県立高校の先生たちが都会の学習塾のようなことをやってくれます。ホント、模試や過去問やデータ収集から分析まで。塾の業界から「民業圧迫」とクレームが来るほど。でも、みな貧しいから。
さて、勉強が出来る上に走るのも早かったそうで。ありがちですが、頭がチョー良くて運動も出来る女子・・・浮き上がります。イジメにあい「友達がいない」のがずっと。彼女の歌ににじみ出る孤独感は、そこからでしょう。

2000年デビュー。「宮崎からスゴイ子が出てきたね」と、当時は宮崎県民は沸きあがったものでした。が、彼女にとり宮崎は孤独の地だったかもしれません。一般のファンに対しても心を開く気持ちにはなれない人のようです。コンサートも緊張しっぱなしで、充実感のようなものを感じたことがないと。

長くなりますので続きはまた別途書きますが、それはさておき。
一曲ご紹介したいのですが「月光」はあまりにも有名なので、別の曲を。「私とワルツを」。
いくら言葉を交わしたとしても、わかり合うことなんて出来ないのかもしれない。せめて人のぬくもりだけでも。私と一曲、踊っていただけませんか?・・・