ちょっと引っかかっていることというか、気になっていること。

百万本のバラの投稿で、生前の親父とのやりとりを書きました。ロシアの歌を聴きたい人が「おるはずや」「おらんて」という。
確かに日本中見渡せば愛好する人々はそこそこ居るとは思います。実際に各地の「歌声喫茶」は今でもがんばっていて、ロシアの歌も愛好家が集まり歌われている。ロシア民謡・歌謡的なもので新たに何かを始める意味はない。

いっぽう、実はポッカリと空白の部分はあって。

1960年代〜欧米のアーティストたちによるプロテスト・ソングの文化ですね。ボブ・ディラン、ジョン・レノン、PPM、・・・それらは日本でもよく知られていますが、反対の社会主義側、つまりソ連ですね。同じころに同じようなうねりがあって、ディランやレノンに匹敵するような人気を得てすぐれた作品を残しているのだけれど我々日本人はあまり知らないとしたら、どうですかね?

ヨーロッパや米国に住んだことがないので体感としてワカラナイのですが、たぶん日本よりは認知されているのではないか。というのも、ロシアからの移民や亡命芸術家が一定数居て彼らがその文化を支えただろうから。

その空白があったとして、それがそんなに日本にとり損失なのか?

どうですかね。ただ、人々が欲する作品は権力がどんなにそれを押さえつけようとしても広まりを止めることができないという事象を、その時代のロシアの作品群が最も顕著に証明しているとは思う。当局の意にそぐわない作品を出そうものならすぐ逮捕という時代に、地下出版やカセットテープでコピーからコピーを重ねて全土に広まってゆきました。芸術と権力とコマーシャルとの関係の在り方を折に触れ振り返るときに参考にすべきモデルではあり、歴史に留めておくべきでないかとは思います。

そこら辺の歌を演るということなら、無名のシンガーの小さなステージであっても、価値は高いでしょうね。
なんて言うと「じゃぁそれヤレ」と言われちゃうんで、言わなかったなぁと。それが引っかかっていること。親父に悪かったなぁと。

先日記事にしました詩人、アンドレイ・ヴォズネセンスキーも、ソ連のその時代の芸術家たちの中心人物の一人です。従って、日本で「百万本のバラ」をヒットさせた加藤登紀子さんの功績はとても大きい。
最期に脱線して終わりますが、百万本のバラについてひとつ付け加えるなら・・・日本に最初にこの歌を紹介したのは、兵頭ニーナさんという女性シンガーなのです。NHKロシア語講座の歌のコーナーで歌っていた方ですね。銀座で弾き語りをしている頃によく聴きに行きました。素晴らしいシンガーです。現在は札幌でロシア料理店を経営されているようです。