少し間延びしましたが、百万本のバラを演った機会に書き留めておきたいことがありました。
歌詞の解釈とその背景について。

加藤登紀子さんが歌った日本語の訳詞はロシア語の原詞にかなり忠実で、概ねその通りです。花が好きな女優を愛した絵描きが、家も絵も売り払いありったけのバラを買い、彼女の部屋の前をバラの花で埋め尽くす。しかし彼女はお金持ちがふざけているのかしら?としか思わず、やがて汽車で別の街へ行ってしまいそれきり。絵描きはその後とても貧しい人生を送りますが、心にはバラの思い出がありましたとさ。

それですとニュアンスとしては「恋が実らなかった可哀そうな絵描きの歌」という印象を持ちます。が、ちょっと違うんじゃないかな?と思ったことがありました。
この歌の作詞者はアンドレイ・ヴォズネセンスキーというロシアの詩人で、実は百万本のバラがヒットした数年後、1980年代の後半に来日したことがあります。

「東京の後にニューヨークへ行くそうだね」
「あっちじゃマディソン・スクエア・ガーデンを用意して待ってるんだってよ」
「えらい違いだよね。日本じゃこんな場所で気の毒だね」
学生たちが集まりザワザワとそんな会話がされていたのは、当時北区西ヶ原にあった東京外国語大学の講義室。ホスト役を務めていたのがロシヤ科の主任教授で後に学長になるロシア文学者の原卓也先生だったのですが、突然のことでそういう場しか準備できなかったのでしょう。
やがてヴォズネセンスキー氏が登場し、詩の朗読会が始まりました。

外語大正門


「私はゴヤ」の朗読を今も覚えています。ゴヤは1800年前後のスペインの画家で、宮廷画家でしたが腐敗したスペイン王政を風刺するような絵を描いて追放された人。それに自分をなぞらえた詩。最後の「星たちを打ち砕き/忘られることなき空に爪のように突き刺す」は痛烈。そこでカッと目を見開き右手を力強く振り下ろしました。
炎のような反体制派の人。権力者たちに対して「お前らがクズ野郎だって永遠に知らしめてやる」ってことですね。ものすごい情熱家なんだと思いました。

と、いうことは。「百万本のバラ」の読み方がちょっと変わってきません?

1番の歌詞でバラを買うのに家を売るんですが、家って「安定した暮らし」とかそういうものの象徴なのでしょう。ゼンブ捨てた。そして3番、汽車で行っちゃったその女優について、実はロシア語の詞には「しかし彼女の人生には/狂気のバラの詩があった」という強烈な一節があります。日本語歌詞ではこれが「真っ赤なバラの花は/華やかな彼女の人生」と意訳されています。「彼女の心にずっと狂ったバラの歌が残りました」では歌謡曲として売り出せないからそうしたのかもしれません。が、本当はストレートにとるべきではないか。

つまりこの歌は、食うために売り物の絵を描き続けるクソな人生を捨て、真に訴えたいことを伝えたい人の心に命がけで残した絵描きの芸術家魂の詩ではないか。そして根底に反権力の精神を携えた、バリバリのメッセージソング。

と、思ったんですけどね。でも、ピロスマニという旧ソ連では有名な絵描きがモデルだそうで、愛した女優に本当にバラを贈ったかどうかは諸説あるようですが、それ以上のものではないのかもしれません。すべて投げ出した恋が実らなかった失恋ソングという理解でもよいのだろうと思います。