衝撃的なタイトルですが、どこかで書いておきたかった。

文化・芸術サークルに所属されていない方のために整理しておきますと、公民館など市施設を拠点に活動している登録団体の活動には、市が絡むものとしては大きくは2種類あります。1つは公民館ごとの文化祭。もうひとつは、市内各地の公民館や会社等で活動する同じジャンルの団体が集まって構成している市川市〇〇連盟や協会が主催して行う芸術祭。

問題はその芸術祭。市のホームページのこちらをご覧ください。

ここからは、私の逞しい想像力によるものです。市や登録団体の幹部がそんなことを言っているということはまったくありません。予めご了解ください。「また原の大ボラだな」とスルーしていただいてもかまいません。

市の予算は医療・福祉・教育・インフラなどが優先で、文化事業は最後の最後。そして、割り当てられた限られた予算を次年度もその先も何とかして守るべく、担当部署の方々は四苦八苦している。
予算を守るには、その事業が必要であることの根拠が必要になります。広く市民のためになる事業なのか。

合唱イラスト


上の市川市ページのリンクに27事業が記された表がありますが、表の右端に「公募」という欄があります。これは「団体構成員ではない市民も参加できるよう一般募集するのか」ということ。そして、この「公募」を行う企画のほうが、事業として価値が高い・・・とされてるっぽい空気を誰も何も言ってないんですが私は勝手に感じています。
つまり、団体構成員の一部が裏方に回りその芸事を外部の市民に広く楽しんでいただけるような事業のほうが評価が高い。歌や踊りのように参加者や出演者・来場者たちがすべて団体構成員とその親族家族だけならば、身内で楽しんでいるだけ。市が予算をつける必要はなく、自分たちでお金を出し合って自分たちのイベントをやったらいい。比べて、将棋の大会はとても筋がイイ。市民全体に開かれている。ほかを削ってでも将棋を優遇したほうがよいのではないか?

「原さんはどう思いますか?」と聞かれ「いえ、私は歌や踊りに予算をつけるべきだと思います」と答えました。あっ、いや、もしそう聞かれたらそう答えるでしょう。
なぜなら団体構成員と外部という視点でなく芸事の特性の観点で見れば、将棋大会って将棋を指せる人しか楽しめないんですよ。歌や踊りは、プレーヤーでなくてもその場に居る人々に感動や幸せを与えることができる。つまり人を選ばない。市民全員を対象にできる。

そこで歌や踊りはじめ芸術系団体の皆様に訴えたいのですが、団体や上部組織の中だけのイベントやコンテストで満足して惰性になっちゃってませんか? 疲れた顔をして寝るためだけに市川に帰ってくる通勤人たちにどうアピールするか、脳髄絞って考えていますか? そうでないと、当たり前にできていた活動ができなくなる日が来ても不思議はありません。私が将棋をやってるうちは将棋にのさばらせることはしませんけど。私は将棋はいつでも降りる気でいますので。

難しいですよ。難しい。日本舞踊の先生と話をしたことがあるのですが、地域のお教室はホント二人とか三人とか。しかし、わかる人だけでも寄り添いその文化を守っている。それが無くなっていいのかといえば、決してそんなことはない。思想としては、痛いほどわかります。

こんなことを書くとまた、全方向から総スカンを食らい独りになるのですが。歌や踊りの人たちにとっては悪の親玉。将棋の人たちからは「何てこと言うんだ!将棋をアピールして予算を守りあわよくば他をツブしてでも将棋に有利になるよう動くべきじゃないか!」。それはまぁ、もぅいいんですけど。

最期にもう一度、念のため。誰も何も言っていません。この投稿は、私の妄想です。Hara Blogに長年お付き合いいただいている方にはご理解いただけると思うのですが。ありもしないことを書いたりします。時々ホントのことだったりするのですが。