ニュース番組を見ていたら、小島一朗容疑者が一緒に暮らしていた祖母宅にドストエフスキーの「罪と罰」がラックに立ててあるのが見えた。しかも別々の場所に違う版のものが。ひとつのほうは相当読み込まれている印象。彼は熱烈なラスコーリニコフのファンですね。事件に使った凶器も、物語と同じ。

物語の解説は他にゆずりますが(Wikipedia参照)、警察が容疑者の供述としてリリースしている「むしゃくしゃしてやった。誰でもよかった」なんて通り一遍のものではないはずです。

例えば、穏やかに日常を過ごし暮らしている人々はすべて病める者を虐げる犯罪者であるという思想を、彼は持つに至っていたかもしれない。

被害者の方々とご家族の心情を思えば、迂闊なことは書けません。メディアも「決して許されない、非道な行為」としてしか扱うことができないでしょう。私のように頭がイカレたゴミのようなヤツにしか言えないでしょうから、敢えて書きます。

報われたかったのかもしれません。

「罪と罰」の終盤、殺人を犯しシベリア送りにされた主人公のラスコーリニコフは、しかし彼に愛をくれる人とのつながりの中で、人間性を取り戻すんです。憧れたのかもしれない。
それに唯一の希望を見出さねばならぬほど精神疾患を抱えた者に絶望的な社会だとすれば、どうしますか?という事件に見えます。