(「同じ過ちを繰り返す」からのつづき)

さて、話を戻します。ライブハウスなんてとこに来る人って、よほどコアのインディーズファンか出演者の知り合い。それだけでは広がりがないので、アーティストたちを地域の祭りイベントや普通の居酒屋・喫茶店などに連れ出すことをやりました。
何だかこれも、政治でやってることと似ています。政治マニアだけでなく、普通に暮らしている人たちにも政治に目を向けてほしい。政治と言うとみな引いてしまうのですが、巷の井戸端会議で話されているような日常生活の不満って、政治そのもの。それはフォークソングと親和性が高い。フォークの中に、様々な社会問題が詰まっている。政治と思わなくていいし、政治活動などと無縁でかまわない。日常にそういう場があって、楽しみながら少し、考えてくれたらいい。

いいんじゃないの?と思うでしょ(苦笑)
いやぁ、これがタイヘンなんです。参りました。

まず、場を提供してくれる地域イベントやお店の責任者からすると、
「みんなが知ってる曲をやってくれよ」
となりますよね。来てくれるお客さんたちが一緒に口ずさんで楽しんでくれるようなものを、演ってほしい。スタッフたちも奉仕精神でがんばっている訳なので、同じ立場で協力してくれる前提で場を提供する。
ところがアーティストたちは、自作の歌を歌いたがります。自分を伝えたい。逆に押し付けに負けないことが大事なんだという発想しかしない。そして、数は少なくともファンが居ますので、ファンたちもそんなアーティスト根性を支持する。上手ですので、演ればその場では拍手が起きる。よかったですよーとおだてられ、どうだやったぜと得意気ですが、後で私が怒られる。で、次はない。
これが本当にショックなんです。私だって自分で曲を作っていて、それらに愛着もある。それはそれで横に置いて、まずは地ならしをしようじゃないかとお願いしている訳です。「オレだってキミたちと同じ人種なんだ。気持ちは痛いくらいワカるどころか君たちの側。それを役割分担でこの役をやってる訳なんで、何とか頼むよ」と。しかしたいがいは、そんなメンドクサイならと自分の居心地の良い場所に帰ってゆきます。
余談ですが、私にイチバン協力してくれてワカリやすいヒット曲だけ演ってくれたのが、フォークシンガー原なんですよね。

それから、事業者の方々からのプレッシャー。
東京の東側から市川にかけても、ライブハウスや音楽教室がたくさんあります。市川市やケーブルテレビ市川などが主催する大きな音楽イベントがあって、それに向けてそれぞれの出演者や生徒さんたちが一所懸命練習するような図式なら、まぁいいんです。ところが私がやってることって、安上がりな演奏機会を提供しますよってことに他ならないんですよね。彼らにとっては。そりゃ、警戒します。出演者や客が流れちゃいけない。警戒どころか、面と向かって敵意をむき出しにしてくる。攻撃は最大の防御とばかりに、私のイベントに現れては次々と出演者に唾つけて回る。自然な形で交流が生まれるなら大歓迎ですが、そのようなものではない。わかりますよ。彼らはそれで食っている。原なんて能天気な小僧に商売を荒らさせてたまるかと。こちらは揉めるつもりはないので、アーティストさんに「ご出演されているお店のほうが快く思わないようなので、今後の出演はちょっと様子を見ましょう」と言うのですが、アーティストさんたちにとり私の企画は普段と違う層に聴いてもらえる良い機会。「あちらのお店とは他に出ちゃイケナイなんて契約になっていない。原さんの企画もやりたい」となる。スゴク悩ましい。

暗礁に乗り上げました。ゼンブやめてしまうと新しく何かやろうとしても何の手がかりもなくなってしまうので、規模縮小して喫茶店ライブとイオンの路上ライブだけを小さく細くやってゆくことにして。とりあえず続けることを目的に続ける形で落ち着かせたのでした。

(つづく)