フェイスブックやブログのヘッダーの写真のおかげで「アブナイ左翼活動家かと最初思いました」と選挙戦の最中にボランティア仲間たちから言われました。笑ってしまったのですが、間違ってはいないかもしれません。

九州の片田舎から貧しい家に無理を言って東京へ出て来るのですから、大きな目標をブチ上げる必要がありました。目標というよりは、若いエネルギーの向け先と言うほうが正しいかもしれない。掲げたのは、平和。戦争が起こらない世をつくることに貢献したい。強烈に左的な動きですね。それに人生をブッ込もうという訳ですから。大学はロシヤ語学科を選択。ぜんぜん勉強せず、ついにロシア語は使い物にならなかったけれど。

米ソ冷戦の時代で代理戦争としての紛争が世界各地で行われていましたので、日本を巡りそのようなことが起きるかもしれないという空気は強くありました。親たちは戦争世代なのでリアルにそれを感じており、子供たちにも伝わった。我々が、戦争にリアリティを感じることができた最後の世代かもしれません。

ただ、政治により平和を維持するとは思わなかった。デモや政治集会、勉強会などにも、一昨年小池塾に参加するまでは一度として足を踏み入れたことがありません。
では何によってかというと、経済関係。ソ連との経済的結びつきを強く持つ。日本に手を出したら、失うもののほうがはるかに大きい状況を維持する。それも、もっともらしい理由なんですがきっと勉強が嫌だっただけ。外交官とか新聞社とか目指す連中はすごく勉強していた。バブル後期で民間企業への就職は難しくありませんでしたので、モスクワに支店を持つ商社のひとつに入社しました。

「ノンポリ」という言葉は最近はあまり使わないですね。ポリシーが無い人をそう呼んだのですが、はい、ノンポリです。何の思想もありません。結局は、ダメ学生がバブル後期の勢いだけで民間企業に入り働き始めたというだけのことでした。

(つづく)