スペース・マウンテンに乗り、発車を待っている気分だった。
しかも操縦しているのは自分で脱線し落下する危険もあるとしたら、こんな感じだろうか。
千葉市にある、千葉県青少年女性会館の4階。受付が終わり、開会式が始まろうとしている。
何かしていないと、とても緊張に耐えられそうにない。リッシは、盤上に並べられた駒に手を触れた。これが大会で使う駒か。薄いビニールマットの将棋盤の上に軽く打ち付けてみる。パンといい音がした。テーブルの板の堅さとビニールマットの弾力が混ざり合い、独特の感触だ。飛車を横にスーッとすべらせてみる。なめらかで、動かしやすい。
アスカは、会場の様子を見渡している。広い講堂のような部屋にぎっしりとテーブルが並べられ、ひとつのテーブルに3人ずつ向かい合うようにして6人が座っている。会場の真ん中から舞台側に向かって右が小学生、左が中学生だ。小中学生合わせ90チームほどの学校名が表には並んでいた。つまり270人ほどが同じ空間に居ることになる。ものすごい熱気である。中学の部は、制服で来ているところが多い。多くは白の開襟シャツに黒のズボンだ。
「な、リッシ。あれって、S学園だよな」
特徴のある制服が、所々に見える。クリーム色の開襟シャツに、グレーのズボン。S学園は全国でも有名な中高一貫の一流進学校だ。何チームか出ている。
「確かそうだ。部員多いんだな、やっぱ頭いい学校は」
リッシが小声で答える。強そうに見える。というか、自分たち以外みんな強そうに見える。
アスカと反対側の端に座っているのが、二人に頼まれて出てきた石山昴である。無言で両腕を組み、足を動かしてそわそわしている。憮然とした表情。スバルにとっては災難である。何だよこれ、聞いてないよ。逃げ出したい。次の日曜日に千葉まで行って一緒に将棋指してくれというからまぁいいかと思ったものの、さすがにこの緊張感は想定外だ。こいつらみんな、ガチじゃねぇか。目が普通じゃねーよ。気合い入り過ぎだよ。扇子とか持ってる人いるんですけど。『忍』てなんですかそれ。道を極めようとしちゃってる人なんでしょうか。勝手にしてほしいんですけど。それに俺ら私服ってバリバリ浮いてんじゃねぇか。なんかチャラくないかこれ。キミたち小学生はこっちだよとか言われそうな勢いなんですけど。
「緊張するよな」
察したリッシが、スバルに声をかけた。

昨日は行徳の源先生が、大会での注意事項を教えてくれた。公式戦はお友だちとやる遊び将棋と違い、ルールが厳しい。駒から手を離したらその指し手は変えることができない。一手一手、慎重に盤面を見て差し手を考え、しっかり決めてから指すのだ。駒を戻したりすると、反則負けとなる。二歩や王手放置も、相手に指摘されたら即負けである。
チームオーダーの決め方が問題だった。一般的なのは一番強い人が主将で一番目の席に座り、次に強い人が真ん中の副将で、最も棋力の低い人が三将、三番目の席だという。ただし裏をかいてその並びを変えてくるチームもあるそうだ。また裏をかくというのではなくても、学年の並びになっているが将棋自体は三将の一年生がいちばん強いという場合もありうる。中山中は全員一年生、将棋の実力も似たり寄ったりである。
「ひとつの考え方としちゃ、対戦表を書いたり事務局とやりとりしたりする実務的なことが得意なヤツが主将でその補佐役が副将、気楽が好きなのが三将ってな具合かな。普段の三人の関係はどうだい?」
それでいえば、アスカが主将でリッシが副将。気楽が好きかどうかわからないが、必然的にスバルが三将になる。そうしようと決めた。
「バクチにつえーヤツが主将ってのもあるけどな。振り駒すっから。アハハッ」
決めたのに惑わすようなことを言わないでほしい。それに、自分らのレベルでは先手も後手も違いはない。
「服装なんだけどな」
そうだ、何を着て行こう。
「何を着てってもいいんだが、部活の連中は学校の先生の引率で、制服で来る。全体でもほとんどの生徒が制服だな。私服だとちょっと目立つ感じになるぞ。ワッハッハッ」
いっそ目立ってやるか。私服で行くことにした。ひとつくらい反骨心を見せてやれ。

開会式が始まり、一日の進行や注意事項が説明されているが、上の空で耳に入ってこない。
胃が飛び出てきそうな緊張と不安を抱え、どう時間をやり過ごしたらいいかわからない。膠着したにらみ合いの戦場で、戦慣れしていない足軽が恐怖に耐えかねてワーッとひとり槍を持って飛び出して行ってしまう、それに似た衝動に駆られているのだ。なんでもいいから早く事が起きて訳がわからなくなってくれたほうが、まだいい。
「それでは、対局を始めてください」
「よろしくお願いします」
一回戦が始まった。広い講堂の空間に、一斉にバチバチバチッと駒音が鳴り響く。合戦の火ぶたが切って落とされた。

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※この物語はフィクションであり、実在の人物とはあまり関係ありません。