電話に出た大会事務局の担当者は、ハキハキとした明るい声の女性だった。
申し込み締め切り日を、一日過ぎていた。ダメ元でお願いしてみようとしている。リッシの家のリビング。リッシが受話器を握り、アスカも心配そうに傍で聞き耳を立てている。
「あ、あの、僕ら市川四中で、今度の団体戦に出たいと思っているんですけど・・・」
中々思うように言葉が出てこない。

最初に出てくれると言った将棋が強いテニス部の先輩が、わりぃやっぱ部活抜けられんわと断ってきたので予定が狂ってしまった。もっと早ければ手の打ちようがあったのだが。それが土曜日のことで、申し込み締め切りの日曜日までに間がない。引き受けてくれた時に『テスト明けに部活の予定を確認して何もなければ』という条件つきだったのだが、出てくれるという言葉をもらったのが嬉しくて、油断した。甘かったと言わざるを得ない。
急ぎ同級生の友だちに電話をして頼み込み「出てやってもいい」と返事はもらったものの、月曜日に学校で詳しく話を聞かせてくれという。それはそうだ。向こうだって親に事情を話さなければならないだろう。
間に合わない、だめか。リッシが部屋でがっくりと肩を落としていると、母さんの呼ぶ声がした。電話だという。
「よう、どうだ?申し込みできたか?」
行徳の源先生だった。
「それが、3人そろうにはそろいそうなんですが、締め切りに間に合わなくて」
「あきらめるのか」
「・・・でも、そうするしか」
「若者がそんなに淡泊じゃいかんな。それくらい乗り切れんと将棋部なんかつくれんぞ。少しくらい締め切り過ぎても電話して必死でお願いしてみろ」
「それで大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫じゃない」
「え?」
「基本、大丈夫じゃないんだが、若者の一生懸命な姿には、大人は感動するもんだ」
「はぁ」
「感動は、人を動かす」
それにちょっとムチャなくらいでいい、ムチャできるのは若者の特権だと言って、電話は切れた。締め切り日の日曜の晩のことだった。

リッシが言葉を詰まらせていると、事務局の女性は意外にも自分のほうから親切に話しかけてきてくれた。
「ああ、市川市立中山中学校の生徒さんね。すでに行徳の先生から代理で申し込み来てますよ。メンバーひとり変わるかもしれないというのも聞いてます」
リッシとアスカは、思わず顔を見合わせた。
「えっと、吉村律志くんと春野飛鳥くんはそのままね。3人目の宍戸桂くんが石山昴くんに変わるのね。締め切り後だけど、メンバー変更なら認めましょう」
「あっ、あの、シシドケイってだっ・・・」
誰なんでしょうかと言おうとしたリッシの口に、アスカが掌でむんずと蓋をした。瞬間、リッシも理解した。目を丸くして固まる。そういうことか。あのおっさん・・・ 
「じゃぁ、いちかわしりつなかやまちゅうがっこう、のみなさん、ガンバってくださいねー」
弾けるような明るい声を聴きながら、二人はしばし受話器を置くのも忘れ呆然とした。万が一、友だちが親に反対されたりしたらどうするつもりだったのだろう。
『ムチャできるのは若者の特権』って、あの人、ムチャ通り越してムチャクチャじゃないか。
しかも感動ゼンゼン関係ねーし。

しかし気付けば、三日間心の中に吹き荒れた嵐の後に残ったもの。それは、文部科学大臣杯小中学校将棋団体戦中学の部に、中山中が出場するという事実だった。

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※この物語はフィクションであり、実在の人物・出来事とはあまり関係ありません。