拓郎インタビューそれ記事にすんのかという話ですが(笑)。はい。

11日の報道ステーションで、キャスターの古舘伊知郎さんと吉田拓郎さんの対談が放送されました。
事前に知らなかったもので、
「えっ、ヤッタァ」
拓郎さんは最近あまりテレビに出ていなかったし。
貴重な番組枠の中でCMを挟まずに約20分、破格の扱い。

写真まで撮ってしまった(笑)。平日は大体こんな夜を過ごしています。


拓郎さんの語るエピソードやご自身の見方考え方はファンなら知っていることがほとんどでしたが、自らも熱烈なファンという古館さんの話が面白かった。

「拓郎の曲を聴きなおすのって、『育て直し症候群』なんです。15、16の多感なころに、吉田拓郎の歌をむさぼるように聴いてきて、あのときの心境といまだに変わっていないところと大きく変わったところと ・・・ 夜中ひとりで酒を飲みながら聴くのが異常に好きなんです」

ここのところは、ワッと声を出して笑いました。オレとまったく同じことをしてるって。

「60年代の安保とかあの学生運動華やかなころは、死んでもいいくらいのね、イイワルイは別として熱さがあって。『闘わないのかオマエはっ!』みたいなことがあって。そうなりきれないなってときに拓郎さんが福音だったんだけど、拓郎さんが『いいよ』って言ってくれたがあまり、『本気で闘わなくていいな』って思った。吉田拓郎さんが言ってくださった『これでいいんだよ』っていうあの世界が、ものすごく今を予見していた。自分たちの地元(枠の中)で楽しく生きようよという流れがある。それがいいという見方もあるし、拓郎さんによってそういうものが醸成され過ぎて、みんな闘わなくなったなっていう反発も出てきた」

古館さん、きっとこの葛藤を拓郎さんにぶつけてみたかったんでしょうね。
そして、「今日までそして明日から」と「イメージの詩」の曲とレコードジャケットが挟まりました。

この部分、ほんの一瞬ですが実は、ものすごく大きなものが詰め込まれています。語り始めたら3日3晩、目にくまをつくって語りますが(笑)、そうはいきませんので。さてどうまとめようか。

「 私には私の生き方がある それはおそらく自分というものを
 知るところから始まるものでしょう
 ・・・・
 私は今日まで生きてきました
 そして今私は思っています 明日からもこうして生きてゆくだろうと」
(『今日までそして明日から』より)

誰が何と言おうと自分の心に正直に生きる。それしかないし、それでいいんだよ。そういう歌に聴こえます。

「 吹き抜ける風の吹く おれの住む世界へ 一度はおいでよ
 荒れ果てた大地に ちっぽけな花をひとつ 咲かせておこう
 おれもきっと君の居る 太陽のあるところへ 行ってみるよ
 そしてきっと言うだろう 来てみてよかった 君が居るから」
(『イメージの詩』より)

どんな考え方でつくられたどんな社会で生きようが、愛する人がいて暖かな暮らしがあれば、それでいい。

対談の中で拓郎さんは、
「こういった歌は、ボクがつくらなくても誰かつくっただろう」
と語りました。つまり、60年代から70年代、多くの人がそう考え始めていたと。

昔の学生運動は、主義主張や理念を貫くあまり破壊活動や人を傷つけるといったところまでいってしまっていたので。拓郎さんのような強烈なキャラクターがそれを客観視し違う生き方を歌うことが、大きなエネルギーを生んだ。反発もスゴかったし、熱狂的に支持もされた。

しかし、現在、どうだろうか。上記のような生き方は、平和がベースにあって成り立つもの。
世の人々が、「政治家がそうするなら、それでいいんじゃない。ボクらは日々を生きるよ」というスタンスをとることにより、次第に日本が、世界が、危ない方向に向かってはいないか。闘わなくていいんだろうか。それが、古館さんの葛藤なのでしょう。

先日の記事でも触れましたが、古館さん、やはりお考えなのかな?・・・というのは深読みしすぎですかね(笑)。期待したいところですが。

ちなみに拓郎さんは、
「そういった楽曲が同年代あるいはもっと若かった人たちにどういう印象を与えたのか、ボクのほうではチンプンカンでよく解らないところが多い」
と答えていました(笑)。
インタビュアーが、次々に肩透かしをされるのも、いつものことです。

最後に、拓郎さんが「20代の若者がこんな歌うたうんじゃなかったんだ。ゴメン」と言って古館さんがギャフンとした「祭りのあと」は、こんな歌です。これがおさめられているアルバム「元気です」発売は1972年。世の中はあさま山荘事件、沖縄返還とめまぐるしい転換点を迎えていました。

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『祭りのあと』 (作詞:岡本おさみ 作曲・歌:吉田拓郎)

祭りのあとの淋しさが
いやでもやってくるのなら
祭りのあとの淋しさは
たとえば女でまぎらわし

もう帰ろう もう帰ってしまおう
寝静まった街を抜けて

人を恨むも恥かしく 
人をほめるも恥ずかしく
なんのために憎むのか
なんの恨みで憎むのか

もう眠ろう もう眠ってしまおう
臥待月の出るまでは

日々を慰安が吹き荒れて
帰ってゆける場所がない
日々を慰安が吹きぬけて
死んでしまうに早すぎる

もう笑おう もう笑ってしまおう
昨日の夢は冗談だったんだと

祭りのあとの淋しさは
死んだ女にくれてやろう
祭りのあとの淋しさは
死んだ男にくれてやろう

もう恨むまい もう恨むのはよそう
今宵の酒に酔いしれて

もう恨むまい もう恨むのはよそう
今宵の酒に酔いしれて