ライオン貯金箱昨晩注文したら、今日の午前中に届きました。現代の配送システムとスピードは素晴らしいです。

風に立つライオン将棋教室の企画のときは、これを置こうと思います。

風に立つライオンのイメージは日の丸の白のようなので、ホントはパンジャとかレオの貯金箱があればよかったのかもしれませんが。これもエスニック雑貨的でいいなと。

さて、昨年映画で話題になりました「風に立つライオン」。モデルは柴田紘一郎さんという医師なのですが、実は高校(宮崎大宮高校)の大先輩です。もちろん年代が違い面識はないのですが。

卒業生の会の会報に時折寄稿されることがあり、どのような高校生活を送り何を考えその後に繋がっていったのか綴られていて、興味深いです。

アフリカに行きたいと思った原点は面白いことに、幼少期に見た紙芝居のターザン。また密林の聖者シュバイツアーであったと。
平和台公園の平和の塔付近の林で冒険ごっこをしていたそうです。私の実家のすぐ近くでして、あの辺りの子供たちは同じように遊んでいました。今では遊歩道が整備されていますが、昔は自然状態でまさに子供にとっては密林。あけびの実を探したり、防空壕の横穴を見つけてスゴイ大発見をした気になったり。そこを秘密基地にしたりして。
あの遊びで育まれた心が、国際貢献を行う人々にこんなにも力を与える偉大なキャラクターを生んだというのは、不思議なものです。

高校時代は夏も黒の学生服で過ごしたとのこと。逆風が吹いているほうが、力強く大地にしっかり足を踏みつけていないと飛ばされる、そういう生きる意味の重さを感じることが出来る・・・と思っていたそうです。
昔の九州の男の子の感覚、わかります。ワケのワカラナイことで強がって、立ち向かっている自分に酔う(笑)。だがしかしその精神が、日本から遠く離れた地で誰も見てくれなくても評価されなくても、人々のために孤軍奮闘するライオンの心に繋がっていった。

さだまさしさんのこんな言葉が引用されています。
「『風に立つライオン』という本はまさしの心の中で十五年もの長い間育まれ、大地に根を張りました。やがて、多くの方々に愛される花を咲かせる大樹になりました。枝に生った実をもいだ人が、その実で別の木を育て始めました。そんな人が次々に現れて、様々な土地に苗を植え、大きく育てています。さだまさしが柴田先生から受け継いだ種は、四十三年の時を経て大きな森へと成長しました」
そして同窓の皆様へ、さだまさしさんの作品に触れ感動を思い起こしてくれたら嬉しいと呼びかけられています。

後輩として、さだまさしさんの第二の故郷千葉県市川市から、風に立つライオン基金を盛り上げたいと思います。

柴田紘一郎医師

(中央が柴田紘一郎医師)


3手詰
3手詰







解答: ▲4一飛成△同玉▲4二金まで3手詰。