29日の飲み会は有意義なものでした。
メンバーは、県連から前・現会長を含む4名、また中学の教員で学校に将棋部をつくりたいという20代の青年も参加してくれて、私を含め6名でした。突然の呼びかけにも関わらずこんなに集まっていただけるとは驚きでした。
「原さん連盟に文句言うときゃオレたちを巻き込まなきゃぁダメだよ」
と、のっけから嬉しいお叱り(笑)。
「オレたちゃもう、死ぬしかねぇからよ」
不満や悩みを抱えつつ残された時間をこれに突っ込んでいる濃い〜オヤジたちに、将棋界は支えられています。
私の状況認識が誤っていた点をひとつ教わりました。連盟の財政ですが、
「ビジネスがうまくいって底辺なんかやる必要なくなってる」
のではなくむしろ、
「状況はいっそう苦しく、細かいところまで手が回らなくなっている」
ようです。
ありゃま、失礼いたしました。それはキビしいですね。
右の地図は、指導員名簿とネット検索をもとに千葉県で将棋教室がある場所を書き込んだもの。青が連盟系で赤がそうでないものです。
空白が目立ちますが、諸先輩方がこの空白地帯をなんとかすべく行動されてきたお話も伺うことができました。
驚いたことに米長前会長とも「ここはどうやって攻めようか」というようなお話までされて動いたとのこと。連盟の会長が千葉のそんな細かいところまで見ていたんですね。
例えば香取市や旭市あたり一帯の教育委員会を回ったそうです。ところが、まず子供が少ない。というか感覚的には「居ない」。居ても他の習い事などをやっているので、子供教室を設置したらすぐに集まってくるとう状況からはほど遠かったようです。
銚子では「ここは三方を海に囲まれてるからねぇ」とか、言われてしまったという。
しかしながら、旭市の子がひとり、東金の上野先生の教室へ通っているそうです。以前は銚子の子も居たとのこと。南も相当遠くから来ていると。
スゴイですねぇ〜。距離的には、市川で「将棋をやりたい」と思った子が毎週木更津に通うようなもんです。
と、いうことは、上野先生のような方がもし空白地帯に居れば、一人が二人三人にはならないか?という課題はあります。1を2にするより、ゼロを1にするのが、難しいでしょうね。
一見空白に見える地域にも、けっこうお年寄りの「同好会」はあるのだそうです。それを書き入れたら地図が埋まるくらいに。
ところが県連から「支部になりませんか?」とお誘いすると「メリットがない」と一刀両断。
また、子供を受け入れる体制をお願いしても、ご年配の方が自分の楽しみのためだけにやっていて、悲しいことに子供が来るのを疎ましがられたりするとのこと。
「そういう人たちにムリをお願いしても仕方ないし、やはり子供は同世代のお友だちがいる子供教室にしてあげないと居付かないよね」
という点は、みなさん一致した意見のようでした。
中学教員の方がいらっしゃったので、部活の話も出ました。
中学で将棋部をつくっても、移動があるのが難しいとのこと。すでにがんばっている先生もいるようですが、移動のたびに新しく立ち上げる苦労を繰り返している。で、もと居た学校の将棋部はしぼんでゆくと。
顧問の先生が移動する際に、去りゆく学校の将棋部が廃れずにすむ方法はないのかな?という課題もありそうです。
最後に松本会長が、
「今日の会の成果をひとつ出したい」
と、館山市のお話をしてくださいました。以前は支部で今は解散してしまったのだけれど、公民館で子供のサークルをやってくださっている方がおられるそうです。
「そこを起点に、南房総〜鴨川〜勝浦あたりの空白地帯になにかきっかけをつかめないか模索してみたい。どうでしょうか」
と言ってくださいました。思いもかけない素晴らしい成果! もちろんうまくゆくか解りませんが、やらないと何も始まらないし、やればなにか展開があるかもしれません。
また、既存の方法とはまったく別のやり方で県連の予算を補充する手立ても検討されているようです。将棋の枠を超えた伝統芸能分野の協力で文化庁から予算を引いてくる方法があるとのこと。
「先立つものがないからなぁ」と投げない老獪さはカッコいいです。
「今日の酒はうまかったなぁ。この会、半年に一回くらいやりませんか」
という副会長さんのご提案で、どうやらまた次回は、桜の咲く頃にやることになりそうです。普及について腹を割って話し合うこのような飲み会は、これまでなかったとのことでした。
次回はもっと前もって告知しますので、もし「あーっ行きたかったっ」という方がいらっしゃいましたらぜひ。
どなたが言われたか、盛り上がったムードの中に、
「千葉将棋維新の会だねぇ〜」
という声が聴こえました。
メンバーは、県連から前・現会長を含む4名、また中学の教員で学校に将棋部をつくりたいという20代の青年も参加してくれて、私を含め6名でした。突然の呼びかけにも関わらずこんなに集まっていただけるとは驚きでした。
「原さん連盟に文句言うときゃオレたちを巻き込まなきゃぁダメだよ」
と、のっけから嬉しいお叱り(笑)。
「オレたちゃもう、死ぬしかねぇからよ」
不満や悩みを抱えつつ残された時間をこれに突っ込んでいる濃い〜オヤジたちに、将棋界は支えられています。
私の状況認識が誤っていた点をひとつ教わりました。連盟の財政ですが、
「ビジネスがうまくいって底辺なんかやる必要なくなってる」
のではなくむしろ、
「状況はいっそう苦しく、細かいところまで手が回らなくなっている」
ようです。
ありゃま、失礼いたしました。それはキビしいですね。

空白が目立ちますが、諸先輩方がこの空白地帯をなんとかすべく行動されてきたお話も伺うことができました。
驚いたことに米長前会長とも「ここはどうやって攻めようか」というようなお話までされて動いたとのこと。連盟の会長が千葉のそんな細かいところまで見ていたんですね。
例えば香取市や旭市あたり一帯の教育委員会を回ったそうです。ところが、まず子供が少ない。というか感覚的には「居ない」。居ても他の習い事などをやっているので、子供教室を設置したらすぐに集まってくるとう状況からはほど遠かったようです。
銚子では「ここは三方を海に囲まれてるからねぇ」とか、言われてしまったという。
しかしながら、旭市の子がひとり、東金の上野先生の教室へ通っているそうです。以前は銚子の子も居たとのこと。南も相当遠くから来ていると。
スゴイですねぇ〜。距離的には、市川で「将棋をやりたい」と思った子が毎週木更津に通うようなもんです。
と、いうことは、上野先生のような方がもし空白地帯に居れば、一人が二人三人にはならないか?という課題はあります。1を2にするより、ゼロを1にするのが、難しいでしょうね。
一見空白に見える地域にも、けっこうお年寄りの「同好会」はあるのだそうです。それを書き入れたら地図が埋まるくらいに。
ところが県連から「支部になりませんか?」とお誘いすると「メリットがない」と一刀両断。
また、子供を受け入れる体制をお願いしても、ご年配の方が自分の楽しみのためだけにやっていて、悲しいことに子供が来るのを疎ましがられたりするとのこと。
「そういう人たちにムリをお願いしても仕方ないし、やはり子供は同世代のお友だちがいる子供教室にしてあげないと居付かないよね」
という点は、みなさん一致した意見のようでした。
中学教員の方がいらっしゃったので、部活の話も出ました。
中学で将棋部をつくっても、移動があるのが難しいとのこと。すでにがんばっている先生もいるようですが、移動のたびに新しく立ち上げる苦労を繰り返している。で、もと居た学校の将棋部はしぼんでゆくと。
顧問の先生が移動する際に、去りゆく学校の将棋部が廃れずにすむ方法はないのかな?という課題もありそうです。
最後に松本会長が、
「今日の会の成果をひとつ出したい」
と、館山市のお話をしてくださいました。以前は支部で今は解散してしまったのだけれど、公民館で子供のサークルをやってくださっている方がおられるそうです。
「そこを起点に、南房総〜鴨川〜勝浦あたりの空白地帯になにかきっかけをつかめないか模索してみたい。どうでしょうか」
と言ってくださいました。思いもかけない素晴らしい成果! もちろんうまくゆくか解りませんが、やらないと何も始まらないし、やればなにか展開があるかもしれません。
また、既存の方法とはまったく別のやり方で県連の予算を補充する手立ても検討されているようです。将棋の枠を超えた伝統芸能分野の協力で文化庁から予算を引いてくる方法があるとのこと。
「先立つものがないからなぁ」と投げない老獪さはカッコいいです。
「今日の酒はうまかったなぁ。この会、半年に一回くらいやりませんか」
という副会長さんのご提案で、どうやらまた次回は、桜の咲く頃にやることになりそうです。普及について腹を割って話し合うこのような飲み会は、これまでなかったとのことでした。
次回はもっと前もって告知しますので、もし「あーっ行きたかったっ」という方がいらっしゃいましたらぜひ。
どなたが言われたか、盛り上がったムードの中に、
「千葉将棋維新の会だねぇ〜」
という声が聴こえました。