安保法制、私なりに。

歴史に名を残す政治家でありたいと願うのは、政治家の性。その熱意がないと大きな仕事はできないし、それ自体は否定されるべきものではない。

安部内閣は北朝鮮拉致被害者問題をはじめ諸問題の進展へ向け、外務省官僚との一蓮托生の作業が必要だった。それは間違っていない。

湾岸戦争のときに「日本は金しか出さない」と諸外国から批判された外務省は、自衛隊の国外派遣についての制約を亡くすことが長年の課題であった。そして安部政権との協力関係を深める中で、これを解消すべく政権を誘導することに成功した。

安部総理としても、北朝鮮問題の進展なく経済政策も目覚しい成果がない中、歴史に名を残す事業としては外務官僚に後押しされた安保法案を通すしかなくなってしまった。

そしてこの9月19日、外務省の長年の悲願であった法案が成立した。

国会前のデモ。安部政権への批判は、若者が主導で政治活動が発生したというカルチャー的視点からは大いに評価されていいと思う。しかし、実効力はない。官僚はハエほどにも感じていないはず。安部さんは神輿で、別に誰でもよかった。叩かせておけばいい。
メディアの安部政権批判も、上っ面だけ撫でている形に過ぎない。
いずれも空振り、もしくはキャッチャーミットにおさまる程度のファウル・チップ。
しかし、それが限界。この国では官僚を敵に回すとろくなことが、ない。

あらゆる問題でそうだが、現在の日本で本当に国民が政治に抑制をかけるならば、怪しい法案が世に現れた初期段階において、官僚組織の上層部の人間を政治家並みに実名写真付きで白日の下にさらし、「この国を良くないほうに進ませようとしているのは彼らだ」と吊るし上げなければならない。
それはできないだろう。学生さんは現在の「誰が見ても表現の自由の範囲内でのアピール」なら問題ないが、そこまでやったら本当に就職にも将来にも影響する。メディアも官僚の反発は怖い。
かといって政治家にもそれはできない。議会制民主主義の否定になる・・・すなわち自分たちの存在が意味なくなるから。

外務省キャリアに、大学の同期が居る。たまに会うと、メチャメチャがんばっているということがわかる。寝る間もないくらいに。ハンパなく頭がよくしかも熱意があることも、国のことを必死で考えて行動していることも、何ひとつとしてかなうところがない。彼のような人間が何かに信念を持ったら、必ずやり遂げようとするだろう。

辺野古問題しかり。外務省のアメリカン・スクールと国際法局はエリート中のエリート。彼らはその存在基盤を確かなものにするために、米国と日本が一蓮托生であることを必要としている。そしてそれが日本のためなのだと、心底信じている。問題の核心は、そこなのだ。だが、議員にもメディアにも国民にも、そこに対してはなす術がない。
沖縄問題についての本質的な議論は、皮肉にも核心ではない。


個人的には依然として、安保法案の成立はルール違反だったと考えています。


余談ですが、山本太郎議員が安保法案採決の際の「喪服で焼香するしぐさ」で参院議長から厳重注意を受けたとのニュースが流れました。
だから、あそこはゼッタイ喪服じゃなく白いスーツで「お前の罪を数えろ」ですよ。松さん、たのんます(笑)。