棋友との飲み会で、将棋界で注目されている有力女子姉妹の話題になった。

その子らが通う埼玉のプロ教室で稽古しているアマ棋士たちが、何人か出席している。このほど姉さんのほうが晴れて女流3級になった。おめでたいことである。と思ったら、駒落ち上手の指し方が課題であるなどと難しい会話をしている。素直に喜ばず常に問題点を見つめる姿勢は、将棋に必要なことかもしれないが。

中学生の妹さんも有力選手。最近では中学選抜の埼玉県女子代表になっている。もうすぐ天童で全国大会が行われる。
「そんなもん簡単に優勝するくらいでなきゃ、女流棋士なんてやまちまえって教室では言われてるんですよ」
何とも手厳しい。私などの感覚では、県代表で既に立派である。そこまで言うのかと聞くと、
「だって本当にそうだから」
と言う。

確かに、女流棋士もレベルが年々高くなり、もはや奨励会有段者ですら絶対王者ではない。対局料以外の収入も、若い時分にはイベントなどに呼ばれるかもしれないが、長期安定するかといえば不安。よほどの実力を備えて高勝率を維持し続けることが必要で、それには同世代の女子を圧倒しているくらいでないとダメだというのは真実かもしれない。

「夢を持つ若者にこれが現実だなんてことを言っても聞かんだろう」と、私は思ってしまう。結局、真実はどうあれ、それを自身で見つめて乗り越える、折り合いをつける、あるいは挫折して失意の中で別の人生を探さなければならないのかもしれないが、とにかく自分自身がその中でもがいてみるまでは納得しないものだと。
「見ている」しかない。それが、ある程度育った子供たちに対する私のスタンス。

しかし、彼らが正しいかもしれない。「このクソオヤジっ」と思われようが何だろうが、言う。それが子供の意識に僅かでも引っかき傷をつけるなら、言ったほうがいい。やがてその傷が大きく開き、治療の必要を本人に意識させるかもしれないのだから。

女子生徒さんは、全国大会で準優勝とのことであった。おめでとうと祝福する以外に私には発想が浮かばないが、教室ではダメ出しを食っているのかもしれない。


その数日後、某大会に足を運んだ。行徳の子が強豪と対戦している。角換わり棒銀の中盤。1筋の銀香交換の後に△1六歩と垂らしてきたところで▲1九香と打ったのに違和感。普通は▲1八歩と受けるところ。せっかく駒損して攻めていったのに、損して得た駒すら端に手放すのはどうか。

通常は▲1八歩△4四銀で▲1二香成は△3三桂なので▲2四歩△同歩▲1二角と進む。がしかし、香を手放してくれたのでリスクが減ったと見て、相手は△6四銀と攻め合いに出てきた。表情には余裕が出てきている。▲1二香成にも、桂馬をとられてもまだバランスはとれているとばかりに△7五歩(下図)。

角換わり棒銀実戦


▲1九香と低く辛抱するような将棋なのであればここは相手せずにじっと▲2一成桂と反撃のを力を溜める棋風だろうが(△7六歩には▲8八銀とひたすら辛抱)、▲7五同歩ととって以下相手にはすんなり銀交換をされてしまう。
「そこはキミらしいね」
と、思う。売られたケンカは素直に買う元気の良い将棋が本来の持ち味なのだ。スジワルでいくのならワルになりきれればよいのだが・・・
その後は彼の本能どおり左辺で激しい打ち合いをしてしまい、右辺の戦果が生きないまま終局。

戻って図の前の▲1九香はどっから来たのだろうと考えるのだが、
「ははぁ、どこかで強い人に△1九角を打たれ苦労した経験をして、懲りてしまったな」
と気づく。
「そんな角にビビらんでもっと右辺で噛みつけ。それがキミの将棋だ」
と言いたいが、たぶん聞かないだろう。「▲1八歩は将来△1九角がありマズイ」が今のキミの結論だね。

対局後にその日の別の対局についても二言三言会話を交わしたが、やはり指した手については本人なりの根拠がある。色々な経験をして得た知識をもとにして指している将棋が、方向性として本人の性格と合っている場合は相乗効果が生まれるが、逆の場合は混乱を生む。

大丈夫。乗り越えてゆくだろう。
見ているから、がんばれ。